クラフトビールをもっと身近な存在に。『SPRING VALLEY 豊潤<496>』誕生への想い
2021.09.16
「このままだとビールがつまらないものになってしまう」
そんな危機感を抱いた1人の女性社員が、クラフトビール事業の構想を紙芝居にして社長にプレゼンしたのが2012年のことでした。
それから3年間の構想期間を経た2015年に、キリンのクラフトブルワリーとして、代官山と横浜に『SPRING VALLEY BREWERY(以下SVB)』がオープンしました。
「日本のビール文化を、もっと面白くしたい」という信念で、それまでのビールに対する画一的なイメージを覆す数々の個性豊かなビールを発表してきたSVB。
そんな彼らが、次なる挑戦としてはじめるのが、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』の全国展開です。SVBのフラッグシップビール『496』をベースに進化させた『SPRING VALLEY 豊潤<496>』が、2021年3月より全国で販売を開始しました。
この10年で日本のビール文化はどのように変化してきたのか、そしてSVBがクラフトビールの全国発売に至るまでの経緯とは。
SVB立ち上げのきっかけとなる紙芝居を作り、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』の開発を最前線で進めてきた吉野桜子に話を聞きました。
【プロフィール】吉野桜子
キリンビール株式会社 事業創造部「SPRING VALLEY担当」
2006年入社。営業を経験後、マーケティング部に異動。チューハイやカクテルなど、RTDと呼ばれる商品群を手がけたのち、ビールの開発担当へ。社内はもちろん、各地の醸造家とも協働しながら、クラフトビール戦略の立役者として活躍中。多忙な仕事のかたわら、中学時代から続けている演劇活動でも脚本を手がけている。
SVBがクラフトビールを全国発売した理由
—吉野さんがクラフトビール事業に対する想いを紙芝居にして、社長にプレゼンしてから間もなく10年になります。SVBのプロジェクトが立ち上がってから今までを振り返ってみて、いかがですか?
吉野:最初は私と、キリンのマスターブリュワーである田山智広、のちにSVBの社長になる和田徹の3人が飲み会でクラフトビールの話をしていたところからはじまったんですよね。その時に、「ビールの世界ってこんなに面白いんだから、キリンこそ新しいことをやるべきだ」と思って。
そこからSVBの構想を考えはじめたので、「10年でよくここまできたな」という気持ちです。当時はクラフトビールって言葉すら聞いたことのない方がほとんどでしたが、今ではいろんな場所で耳にするようになりましたし、ビール専門店以外でも飲めるようになってきたので。もちろん、自分たちが全部やってきたとは思っていませんが、10年でこういう時代になったのは本当にすごいことだなと思います。
—「日本のビール文化を、もっと面白くしたい」という想いで活動していくなかで、さまざまな課題もあったと思います。どんなことを意識してSVBを成長させてきたのかを聞かせてください。
吉野:SVBが最初にやるべきことは、「ビールの種類は、ジョッキに入った黄色い飲み物だけじゃない」ということを知ってもらうことでした。
なので、赤い色をした『JAZZBERRY』というフルーツビールタイプをつくったり、足付きのグラスで提供したりして、ビールの多様性を伝えることを意識してきました。その結果、飲み比べを楽しんでもらったり、SNSで話題にしていただいたりすることができたと思います。
吉野:一方で、「たくさん種類があっても、知識がないと選べない」というご意見もあったんです。
ワインでも、産地やブドウの品種などの特徴を知らないと、好みのものを選ぶのって難しいじゃないですか。それと同じように、ビールもそれぞれの特徴を把握していないと、自分好みのものは選べないので。
飲食店であれば、お店の方に聞きながら選ぶことができるので、そういうコミュニケーションによってクラフトビールが広がっていった部分はあると思います。
だけど、もっと身近な場所で、広くクラフトビールが飲まれる状態を目指すときに、やっぱり選び方が難しいという問題は避けて通れません。だから、「クラフトビールには多様性がある」ということと、「難しいことを考えなくてもビールとしておいしい」ということを同時に伝えていく必要があるなと思っていました。
—「知識がないと選ぶのが難しい」という壁を乗り越えて、「一般的にも気軽に楽しんでもらえる選択肢にする」という目標のために開発されたのが、缶で全国発売されたクラフトビール『SPRING VALLEY 豊潤<496>』だったということなんですか?
吉野:そうですね。もともとクラフトビールを缶で出すというイメージは、10年前のSVB構想段階からあったんです。
まずは第1段階として、直営店というお客様との接点をつくって、ビールにはたくさんの種類があるということを伝えていこうと思いました。第2段階としては、各地のクラフトブルワリーさんと手を組んで、普通の飲食店さんでもクラフトビールが飲める状態を目指してきました。そして、第3段階として、家庭でもさまざまなクラフトビールを選べるような、新しい日本のビール文化をつくっていこうと考えていたんです。
—なるほど。缶のクラフトビールは、SVBの立ち上げ当初から構想にあったんですね。
吉野:はい。明確な時期を決めていたわけではありませんが、この10年の間にさまざまな紆余曲折があって、2歩目、3歩目を踏み出すタイミングを考えていました。今回の3歩目を踏み出すことについて、社内でも「なぜ今のタイミングで?」という議論はあったんです。正直、これが正解なのかは私にもわかりません。
—どうして、このタイミングで踏み切ったのでしょうか?
吉野:お客様が今一番求めているんじゃないか、と思ったからです。新型コロナウイルスの影響で、家でもちょっとおいしいものを食べることで気分転換したり、特別な時間を持ちたいといった気持ちが高まっているんじゃないかなと。だったら、今こそクラフトビールの出番だと思ったんです。だから、クラフトビールを缶で出すなら今しかないなって。
『SVBの10年が詰まった『SPRING VALLEY 豊潤<496>』
—以前、吉野さんは「今のビールは工業製品のように思われているところがある。だけど、ビールはもっと農業に直結しているもので、地道な作業でつくられている。そういう本当のビールの魅力をSVBでは伝えていきたい」とおっしゃっていました。そういうスタンスに共感してくださったお客さんもたくさんいたと思います。
しかし、缶でクラフトビールを出すというのは、また工業製品のようなイメージに近付いてしまうという懸念があるかと思うのですが、そのあたりはどうお考えですか?
吉野:そうですね。缶になった途端に大量生産の工業生産のような印象を持たれる方もいらっしゃると思うんですけど、実はですね、缶というのは最もビールの品質を保てる容器なんです。
—はぁ、そうなんですね。
吉野:ビールは光に弱いので、瓶だと暗いところで保管する必要があるんです。ですから、私たちも瓶のビールを販売するときには、箱に入れて、光が入らない状態でお届けしていました。そういった特徴があるので、品質を保ちながら、より広く流通させるということを考えると、缶という容器がベストなんですよね。
缶で飲むとおいしくないとおっしゃる方もいますが、それは缶から直接飲むからだと思います。グラスに注ぐと香りも立って、さらにおいしく飲んでいただけるはずです。瓶には見た目から受ける品質感というよさがありますが、最近では、品質保持の観点から、クラフトビールでも缶で販売されているものが増えてるんですよ。
—そういう流れになってきてるんですね。中身は、これまでSVBでつくられていた『original 496』と変えた部分はありますか?
吉野:中身づくりについては、今までとまったく変わっていません。相変わらず麦を煮炊きして、ホップを入れてという地道な作業でビールをつくっています。そういう積み重ねがあったからこそ、今回ようやく缶で全国発売するクラフトビールというかたちで『SPRING VALLEY 豊潤<496>』が完成したんです。
吉野:製法でいうと、クラフトビールに対するキリンの取り組みは、10年前にディップホップ製法を開発したことからはじまっています。もともとキリンでは、凍結させたり、後熟させたり、さまざまなホップの使い方を研究していました。そのなかで生まれたのが、ディップホップ製法だったんです。
吉野:ドライホッピングというのは、ビールをつくる最後の工程でホップを漬け込むことで、香りを強く引き出す製法です。これに対して、麦芽を煮込んで麦汁をつくる、仕込み工程の最後の段階でホップを投入する方法をレイトホッピングといいます。こちらはマイルドな仕上がりになります。
ディップホップ製法というのは、その中間で麦汁が発酵しはじめるタイミングでホップを入れる製法なんです。そうすると、マイルドだけどしっかりとホップの香りがついたビールになります。
—両方の特徴を活かした、いいとこどりの製法ってことなんですね。
吉野:私たちが目指しているのは、個性と飲みやすさを兼ね備えたビールなので、それをつくるためには最適な製法なんです。このディップホップ製法ができたことが、キリンのクラフトビール開発の足掛かりになりました。『original 496』や、これまでSVBで発売してきたクラフトビールにも、この製法が使われています。
キリンの考えや技術が反映されたクラフトビール
—『SPRING VALLEY 豊潤<496>』の具体的な特徴について教えてください。SVBのフラッグシップビールである『original 496』とは、どのような違いがあるのでしょうか?
吉野:あくまで『original 496』の進化形ではあるんですけれども、もともとのバランスのよさに加え、飲み始めのしっかりとした麦のうまみと後味の爽やかさを調整しています。ひとくち飲んだ瞬間に豊潤さを感じてもらえる味わいで、後味はなるべくすっきりさせました。
家での食事は、飲食店の料理よりも優しい味付けが多いじゃないですか。そういう環境で飲むクラフトビールを考えたときに、やっぱり飲み始めにしっかり感じる麦の味わいで満足感はほしいけど、苦みの強い後味は合いにくいかもなと思って。なので、後味をすっきりさせて、アルコール度数も0.5%だけ下げました。
—なるほど。家庭で楽しむことを意識されているんですね。
吉野:はい。あとは、ホップの品種も変えてあります。『original 496』では、ブラボーホップという特徴的なホップを立たせていたんですけど、もう少しバランスをよくするために4種類のホップを組み合わせました。工場からするとすごく手間のかかる作業なんですけど、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』には欠かせない要素だからということでやってもらったんです。
—『SPRING VALLEY 豊潤<496>』というネーミングは、どのように決めたのでしょうか?
吉野:まず、SVBにとってのフラッグシップである『original 496』のコンセプトを引き継いでいることを表明しようと思いました。496というのは、1から31までの数字を足した数で、1か月飲んでも飽きないビール≠ニいう意味が込められているんです。
ただ、それだけではビールの個性が伝わりにくいので、味わいの特徴である豊潤という言葉を加えました。
—深みのある赤色のパッケージも印象的ですね。
吉野:この色は日本でビール文化を広めるため、1870年に横浜で創業したスプリングバレー・ブルワリーのロゴからとりました。パッケージの中央に描かれているメダルは、明治時代のスプリングバレー・ブルワリーのラベルがモチーフになっています。
—これまでSVBでは、キリンが母体であるということをあまり積極的に打ち出していませんでしたが、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』のパッケージには「KIRIN」の文字が入ってますよね。ここにはどういった意図があったんですか?
吉野:最初にSVBの店舗を立ち上げたときに、キリンという名前を入れなかったのは、キリンのビアホールだと受け止められることを懸念していたんですよね。まだ世の中的には、あまりクラフトビールが知られていなかったので。
我々としては、そういう先入観なしに来ていただいて、「こんなビールがあるんだ」と思ってもらいたいという気持ちがあったので、キリンという名前を使わずにやってきました。
ただ、クラフトビールが広く知られるようになったので、我々のスタンスも少し変えたんです。なぜかというと、クラフトビールって誰がつくっているかがすごく大事なんですよね。
—つくり手が見えるということが。
吉野:はい、そうです。クラフトビールって、つくり手の顔が見えるビールなんですよ。だから、最初は先入観なしに飲んでいただくためにキリンという冠を外しましたが、クラフトビール全体の認知が広がってきた今は、キリンビールの考えや技術に根ざしたブルワリーだということを、しっかり伝えていこうということになりました。
—なるほど。今までキリンが積み上げてきた技術や信頼感を、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』というビールの中にも込めたってことなんですね。
日本にクラフトビール文化が根付くために
—『SPRING VALLEY 豊潤<496>』の発売は、日本のビール文化を面白くしたいという目標に向けた3ステップ目とのことですが、吉野さんは日本のクラフトビールが今後どうなっていってほしいと思っていますか?
吉野:クラフトビールって、わざわざその土地に行かないと飲めないのが魅力であり、ハードルでもあると思うんです。だけど、我々のような企業が、自分たちの店舗でしか飲めないクラフトビールをつくり続けるのは、役割としてちょっと違うんじゃないかなと。それよりもクラフトビールというものを、広めていくことに役目があると思っています。
例えば、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』がきっかけでクラフトビールを知った方が、その面白さに気づいて、他のブルワリーのビールも飲んでみようって思ってくれたら嬉しい。そういう入り口をつくるという意味でも、クラフトビールを広めることに意義があると思っています。いつでもどこでもおいしいクラフトビールを飲めたら、幸せの総量は増えるじゃないですか。
—そうですね。手軽においしいクラフトビールが手に入るようになったら嬉しいですよね。
吉野:飲食店でもクラフトビールが選べるし、家でも気軽に飲める。そういう状態になって初めて、文化として根付いたといえると思うんですよね。
ワインの歴史を振り返ってもそうです。昔の日本では、ワインを飲む習慣がありませんでしたよね。それがだんだんと飲食店で飲まれるようになり、お肉には赤、お魚には白というわかりやすいペアリングも広まり、スーパーで手頃なものから高級なものまで買えるようになって、家でも日常的に飲まれるようになりました。これはもうワイン文化が日本に根付いたといえますよね。そう考えると、クラフトビールって、それよりもまだ手前にいると思うんです。
吉野:クラフトビールが日本に根付くためには、飲食店でおいしいビールと出会えることと、家でも飲みたいと思った時にアクセスできる場所でも売っているということの両輪が必要です。
だから、引き続きSVBの店舗やタップマルシェ※を通しておいしいクラフトビールを提供することと、缶で広めていくという取り組みを両立させていきたいなと。
もちろん、そのためには自社の製品だけではだめで、いろんなビールがあるからこそ、文化として広がっていくと考えています。
※タップマルシェ:全国の飲食店へ展開しているクラフトビールディスペンサーの提供サービス
—そうやって徐々にクラフトビール文化が広がっていくのは、飲む側としても楽しみですね。
吉野:きっと、そういう状態になっていくと思うんです。昔は居酒屋のメニューって、焼酎とか、赤ワインとしか書かれていなかったですけど、今はそれぞれの銘柄まで選べるようになっているし、ハイボールだって何種類もあったりするじゃないですか。すべてのお酒は多様化する宿命にあるので、ビールもそうなっていくと思っています。
しかも、ビールの場合は、もともと多様性があったんですよ。ヨーロッパでは、街ごとにさまざまなスタイルのビールがつくられていました。そこにピルスナーという万人ウケするビールが現れて、世界を席巻したわけですよね。それによって、他のビアスタイルが見えにくくなってしまったんです。だけど、また多様性のある状態に戻っていく流れがきている実感はあります。
—もともとの多様性を取り戻して、ビールの面白さを再発見するような流れになってきていると。
吉野:そう感じています。そういうなかで、「でもやっぱりジョッキのビールがおいしいよね」という再発見があるのも、それはそれで楽しいと思うんですよね。
—違う景色を見たからこそ、もとのところに戻っても感じ方が変わっているってことは、きっとありますよね。
吉野:そうですね。そうやってクラフトビール文化を広げていくことで、今までSVBを応援してくださったファンの方に向けても、恩返しをしたいっていう想いもあるんです。
—ちなみに、SVBの立ち上げ当初からクラフトビール文化を日本に広めるというテーマがあったにも関わらず、なぜ最初から缶での発売をしなかったんですか?
吉野:当時は、缶ビールっていうのは日本で一番メジャーなタイプである「ピルスナー」の味がするものだという考えが強くあったからです。実はキリンでも今までにピルスナー以外のビールを缶で出したことがあったんですけど、「あれ、これビールじゃない。何が入ってるの?」みたいな反応もあって。だから、クラフトビールにはいろんな種類があるという認知を獲得するまでは缶での販売は難しいと考えていたんです。
—そういう事情があったから、最初に店舗をつくって、そこでクラフトビールを提供するというのは必要なステップだったんですね。
吉野:そうですね。だから、まずは飲食店を通じてクラフトビールを知ってもらい、認知が広がったとことで、ようやく缶での発売ができると考えていました。今後はさらに、どこの売り場に行っても、色々な種類のクラフトビールが普通に買えるという状態にしたいと思っています。
SVBのフラッグシップビールである『original 496』のこだわりを守りながら、よりご家庭で飲みやすく生まれ変わった『SPRING VALLEY 豊潤<496>』。ひとくち飲んだ瞬間の豊潤さとすっきりとした後味を楽しめます。ぜひご賞味ください。
※DRINXでの『SPRING VALLEY 豊潤<496>』販売は330mlびんのみとなります。また、『original 496』も330mlびんにてお買い求めいただけます。
KIRIN公式noteより転載
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文:阿部光平
写真:土田凌