富士の麓で育まれた味わいを世界へ。新しいジャパニーズウイスキー『富士』が誕生!
2020.04.23
世界でジャパニーズウイスキーに対する注目が高まる中、4月にキリンから新しいウイスキーのフラッグシップブランドが誕生します。
目の前に霊峰・富士が一望できる富士御殿場蒸溜所でつくられた新しいウイスキー。その名も『富士』。今回発売するのは、これまでキリンが培ってきた技術・ノウハウと、豊かな森と水に恵まれた富士の大自然の組み合わせだからこそ生まれたシングルグレーンウイスキーです。
「日本を代表する世界品質のウイスキーを打ち出したい」、そして「もっと自由にウイスキーを愉しんでほしい」という想いが込められた『富士』は、果たしてどのようにしてつくられたのか ?
商品開発を担当したキリンのマスターブレンダー・田中城太と、パッケージとロゴのデザインに携わった河本有香に話を伺いました。
プロフィール
田中城太
キリンウイスキーのマスターブレンダー。1988年にキリンビール株式会社に入社後、渡米しカリフォルニアナパバレーでワイン造りに携わる。帰国後ウイスキーの業務に徐々にシフトし、2000年にブレンダーに就任。
2002年に再度渡米し、ケンタッキーでフォアローゼズバーボンの商品開発全般に携わる。帰国した2009年からは、キリンビール商品開発研究所でブレンダー業務に従事し、2010年にチーフブレンダーに、2017年にマスターブレンダーに就任。
プロフィール
河本有香
キリンビール マーケティング部 デザイングループ所属。2007年に武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業後、渡英。2009年にロンドン芸術大学セントラルセントマーチン修了の後、2010年にキリンビール株式会社に入社。以来、一番搾り、ウイスキー、RTD、新商品等様々なブランドのデザイン開発に関わる。武蔵野美術大学非常勤講師。趣味は銅版画。また自身のプロジェクトとして、参加型インスタレーション[knowledge forest]を国内外で開催している。
富士御殿場蒸溜所でつくられる3種の多彩で香味豊かなグレーン原酒
—4月に発売されるキリンの新しいウイスキー『富士』は、どのようなコンセプトで誕生したのでしょうか ?
田中: キリンビールが米英の大手酒類資本との合弁により、富士御殿場蒸溜所でウイスキーづくりをはじめてから今年で47年目を迎えます。これまで培ってきた技術・ノウハウや知見をもとに、世界に向けたウイスキーをつくろうと考えたのが『富士』の出発点です。
我々がこだわりと誇りを持ってつくってきたウイスキーを世界の人たちに愉しんでもらうため、そして、もっとオーバーな言い方をすると「世界中の一人でも多くの方々に愛してもらう」ことを目標に掲げて開発しました。
—最近は世界でもジャパニーズウイスキーの評価が高まっていると聞きます。多種多様なウイスキーが誕生している中で、『富士』の特長はどのようなところにあるのでしょうか ?
田中: 私たちがつくり上げたスタイルは「Pure & Mellow」。“清らかでいて滋味深い味わい“を特長としています。ウイスキーというのは、その土地や風土で育まれ、その環境だからこその味わいが生まれるお酒でもあります。
富士御殿場蒸溜所は、富士の大自然に囲まれた冷涼な気候で、富士山の伏流水が豊富な場所にあります。このような環境下で時間をかけてゆっくりと熟成されたウイスキーはとても清らかで味わい深く、フルーティでまろやかな味わいになるのです。この自然環境を最大限生かしたウイスキーづくりを突き詰めていった結果、このスタイルに辿り着きました。
今回発売される『富士』はシングルグレーンウイスキーです。一般的なグレーンウイスキーというのは、モルトウイスキーの脇役としてブレンデッドウイスキーを飲みやすくするためにブレンドされる、軽やかな味わいのものが多いのです。
一方、富士御殿場蒸溜所のグレーンウイスキーは、個々の目指すスタイルや生い立ちから、原料やつくり方がバラエティーに富んでいて香味的にタイプが異なり、それぞれに特長があって味わい深い原酒なのです。
—主役になれるグレーンウイスキーということですか ?
田中: 主役どころか、グレーンウイスキーだけでパフォーマンスができるのです(笑)。『富士』シングルグレーンは個性豊かでそれぞれに香味特長が異なる3種類のグレーンウイスキー原酒をブレンドしています。ひとつは、バーボンタイプのグレーンウイスキー。『ダブラー』というアメリカのバーボン業界で使われているものと同じ形式の蒸留器を用いながら、富士御殿場蒸溜所独自のノウハウで造る、香味的に豊かでヘビーなタイプのグレーンウイスキー原酒です。因みに、ダブラー蒸留器は米国以外では世界中でここ(富士御殿場蒸溜所)だけしかありません。
2つ目は、カナディアンタイプのグレーンウイスキー。これはモルトウイスキーのポットスチルと同じように1回ずつ蒸留を行う単式蒸留器を用いてつくる原酒で、連続式蒸留よりも手間がかかりますが、柔らかい口当たりながらも味わい深くフルーティな原酒ができあがります。この蒸留器もカナダ以外でウイスキーづくりに使用しているところはここだけです。
3つ目は、スコッチタイプのグレーンウイスキー。これはスコットランドで一般的につくられているグレーンウイスキーと同様に連続式蒸留でつくられるスッキリとした味わいでライトなタイプのグレーンウイスキー原酒です。この原酒は一見穏やかで軽やかな味わいですが、ブレンドを飲みやすくするためというよりは、他の原酒の特長を引き立てると共に、ブレンド全体をまとめ上げてくれるとても重要な役割を持った原酒です。
『富士』シングルグレーンはこの3つのグレーン原酒それぞれの特長を最大限活かしたスタイルに仕上げました。
—3種類の原酒をブレンドする上で意識されたことがあれば教えてください。
田中: 最も意識したことは、富士御殿場蒸溜所のグレーンウイスキーを代表する香味スタイルにすることでした。ブレンダーチームで試作を繰り返していく中で、我々が目指したのは、御殿場の環境が生み出す清らかでフルーティなスタイル。それを実現するために、芳醇でフルーティなカナディアンタイプを味の骨格に据え、その背後にバーボンタイプの特長が見え隠れするようにしました。
バーボンタイプのウイスキーというのは非常に華やかで特長あるしっかりした味わいのため、バランスを考えないと個性が突出し過ぎることがあります。ですから、バーボンタイプが前に出過ぎず、なおかつ特長が活きるようなスタイルにすることを心掛けました。
そして、個々の原酒特長を活かしながら、全体としての調和や深みを増すためにスコッチタイプの原酒でまとめ上げたのですが、納得できる最高のバランスへもってゆくまでテストブレンドを繰り返しました。
—それぞれの特長を活かすために、三者三様の役割があるんですね。
田中: そうですね。実際に飲んでみると、最初にカナディアンタイプの優しく仄かなフルーティさが感じられると思います。白ブドウを想わせるような香りです。
そこに少し水を加えると、今度はバーボンタイプの特長である、少し重厚感のある樽熟香が顕れてきます。赤いベリー系のフルーツを想わせる風味で、富士御殿場蒸溜所のバーボンタイプのグレーンならではの特長が感じられると思います。
「もっと自由にウイスキーを愉しんでほしい」という想い
—ボトルのデザインについても、お話を聞かせてください。『富士』をリリースするタイミングに合わせて、新しいロゴが採用されるというお話を伺いました。
河本: はい、そうなんです。これまで富士御殿場蒸溜所では、キリンディスティラリーというクラシカルなエンブレムをロゴとして掲げていたんです。
田中: アメリカを象徴する白頭鷲と、カナダのシーグラム家の家紋であるホワイトホース、スコットランドの王家の紋章にも使われているライオンを組み合わせたエンブレムです。これは創業当時の成り立ちを表していて、キリンがウイスキーづくりをする上でベースとなる考えを学んだ国々の象徴で、そこにキリンを表す大麦とホップの葉のモチーフを融合させたデザインになっています。
河本: このように格式を感じさせるデザインのエンブレムが使われていたのですが、『富士』という新商品を発表するのに合わせてロゴも新しくすることになりました。
「もっと自由にウイスキーを愉しんでほしい」という想いから、「フジ(Fuji)」、「フリーダム(Freedom)」、「ファイネスト(Finest)」という3つの「F」の意味を込めたロゴになっています。
—すごく大胆なイメージチェンジですね。線がちょっとカーブしたりしていて、全体的に遊び心があるというか。
河本: そうですね。富士御殿場蒸溜所をもっとオープンにウイスキーを愉しんでもらえる場所にしたいということで、デザイナーの廣村正彰さんと相談して、このデザインを製作しました。
田中: これからもエンブレムを使う場面はあるでしょうが、このエンブレムは会社の歴史や伝統を示すシンボルです。
一方、新しいロゴは「自由にウイスキーを愉しんでほしい」というメッセージが込められたものになっています。
河本: そうですね。プレミアムな商品から、気軽に愉しめる価格帯のものまで、どんなウイスキーでも自由に、自分の愉しみ方を見つけてもらいたいという想いを込めました。
河本: ちなみに、この「F」というアルファベットは、ジョン万次郎さんのノートに残っていた文字を参考にデザインしているんです。
—漁師だったジョン万次郎(中濱万次郎)さんは、太平洋の無人島に漂着し、アメリカの捕鯨船に救われ、鎖国中に、日本人として初めてアメリカで10年間過ごしたんですよね。
河本: はい。彼がアメリカでアルファベットという文字に触れ、それを記してあった手書きの文字を原案にして、ロゴをつくりました。
デザイナーの廣村さんからこの字を見せていただいた時に、すごくチャーミングで、ワクワクが溢れてくる文字だなと思いまして。
—確かに、ユニークな書体ですね。
河本: 富士御殿場蒸溜所で働いている人たちが「ちょっと遊び過ぎてるんじゃない ? 」と思うかなという心配もあったんですけどね。
だけど、新しいロゴには「もっと自由にウイスキーを愉しんでほしい」という想いが込められているので、遊び心のあるデザインにしたほうがみんなの気持ちが集まるシンボルになるんじゃないかなと思いまして。
—ジョン万次郎さんの文字を原案にしているというのは、「世界に向けたウイスキー」という『富士』のコンセプトにも合致するスタンスですよね。
田中: えぇ。『富士』という名前もそうですし、ロゴのデザインにも「日本から世界へ」という想いが込められています。
目指したのは華美ではなく、楚々とした佇まいのウイスキーボトル
—ラベルのデザインも日本を感じさせるものになっていますね。紙質だとか、墨書きの文字だとか。
河本: ロゴと同じくラベルのデザインも廣村さんにお願いしました。「ウイスキーを自由に解放していく」という理念を掲げ、これからキリンのフラッグシップになっていく『富士』のラベルにも同じ意思を込めました。
フラッグシップとしての堂々たる佇まいで、信頼性もありながら、これまでのプレミアムジャパニーズウイスキーより少しやわらかく、楚々とした日常に寄り添えるようなデザインになったと思います。
田中: 「楚々とした佇まい」というのは、ひとつのテーマでしたね。
河本: そうですね。すごく華美だったり、「オレが富士だ ! 」みたいに踏ん反り返っているような雰囲気ではなく、父性と母性を併せ持つようなイメージでデザインを製作しました。
父性だけだと柔らかさが足りないし、母性だけだとしっかりした骨格がない。だから、その両方を併せ持った楚々とした佇まいというのを大切にしました。
—「楚々とした佇まい」というのは、具体的にどう表現されたのでしょうか ?
河本: 例えば、富士山の絵を描いてキャプションをつけるという装飾にするのではなく、佇まいとして芯が通っていて、すっきりとした、でも暖かみがあるようなラベル。シンプルだけど、よくよく見ていくと味があるというようなボトルデザインを心がけました。
商品名も日本らしく漢字を大きく打ち出しつつも、世界のお客様に伝えていくために「FUJI」という表記も併せて使っています。
—ラベルの文字に様々な緑色を使用しているのも何か意図があるんですか ?
河本: 色味についても、何度もディスカッションを重ねて、緑の文字は富士御殿場蒸溜所を囲む原生林を表現する緑を採用しました。
田中: 蒸留棟の屋上から富士山を一望できるのですが、その富士の裾野から蒸溜所の周りに一面の原生林が広がっているのです。
河本: そこから眺める原生林には様々な緑が入り混じっているんですよ。それが、『富士』が持つふくよかさにも繋がるなということで、少しずつ色を変えた複数の緑を使っています。
田中: 僕にとっても、あそこはとても癒される場所なんですよ。特に新緑の時期に見る、緑のグラデーションはとても綺麗で見事なのです。
ワイングラスで味わうウイスキーの愉しみ
田中: 『富士』をつくり込む過程において、様々な方法でテイスティングをしてきたのですが、その中で「この商品の味わいの魅力を最大限に引き出すことができる ! 」という飲み方があったのです。
—それは是非とも教えてください !
田中: まずは、グラスの形状と大きさです。通常、ウイスキーを飲むときに使われるグラスはロックグラスや小ぶりのウイスキー用のチューリップ型のグラスですが、「富士」は大ぶりのワイングラスを提案しています。特にシングルグレーンは、チューリップ型で比較的縦長の白ワイン用のものがオススメです。(写真の手元にあるようなもの)
香りや味わいというのは、グラスによってかなり変わってくるのです。ワイングラスの老舗・リーデルの方が「グラスはスピーカーだ」と話をされていて、これは本当に的を射た表現だなと思いましたね。
—確かに、音楽を聴くときはスピーカーを、お酒を飲むときはグラスを経由しますもんね。
田中: そう。だからグラスってとても大事なんですよね。こういうチューリップ型のワイングラスでウイスキーを飲むと、香りをとても良く感じられますし、グラスの形状や大きさによって香りのあらわれ方や味わいの感じ方が変わるのです。
嗅いでもらうとわかると思いますが、注ぎたての時は先ほど話したような白ブドウを想わせるフルーティな香りがします。
—あー、本当ですね。これがカナディアンタイプの原酒由来の香り。
田中: そうなんです。ただ、この(ワイングラスの)形状が変わると、かなり違ったニュアンスに感じられるのです。
一般的にはウイスキーをワイングラスで飲むことは殆どありませんが、その点も今までの常識に縛られない「フリーダム」の精神で、自由に愉しんでいただきたいなと。
ワインはグラスに注ぐと、空気にふれて酸化していくのですが、ウイスキーは熟成の段階で既に酸化を経ているので、グラスの中では変化しないのです。
—時間が経っても味が変化しない。
田中: 基本的にはそうなんですけど、ワイングラスで飲むことの何が面白いかというと、スワリング(※)してグラスの側面にウイスキーがつくと乾いていくんですよね。
※ 空気を送り込むためにグラスを回すこと
—つまり、蒸発していくってことですか ?
田中: そう。そうすると、少しずつアルコールが飛んで、熟成由来の甘い香りがグラスの側面から、より豊かに感じられるのです。だから、スワリングした後、少し待ってから香りを嗅ぐと、ロックグラスで飲むときよりもすごく甘く豊かな香りを愉しめるのです。
—それは確かにワイングラスならではの愉しみ方ですね。
田中: 加水による香味の変化もウイスキーを愉しむ醍醐味のひとつです。ストレートで注いだ『富士』に、スプーン1杯、2杯と水を加えてゆくと、バーボンタイプ由来のベリー系フルーツのニュアンスや、スパイシーさがふわっと出てきます。
—加水による香りの変化というのは、どのような仕組みで起きているのですか ?
田中: アルコールというのは、香りの成分を液中に溶かし込む働きをもっているのです。ですから、水を加えて度数が下がると、それまで溶け込んでいた香り成分が溶けきれなくなって蒸発してくるのです。
—なるほど。アルコールから解放された成分が香りとして立ってくると。
田中: そう、香りが解き放たれる。これも一種の「フリーダム」ですよね。その解き放たれた香りを鼻で感じ取ることができるのです。
田中: 『富士』の飲み方として、ひとつおすすめしたいのが、30ミリくらいのワンショットに、小指の先ほどの大きさの氷を入れる方法です。
—あまり薄まらないようにするということですか ?
田中: ウイスキーの代表的な飲み方のひとつにオン・ザ・ロックスがありますよね。だけど、あれだけ大きな氷を入れると、冷たくなりすぎてせっかくの香りや味が立たなくなってしまいます。
—なるほど。
田中: ある程度冷えるのはいいんですけど、大きな氷だと冷えすぎて味があまりわからなくなってしまうし、常温の水を入れると、場合によってはぬるくなって味がボヤけてしまう。
そこで、小指の先ほどの小さな氷を入れると、少しだけ温度が下がり、スプーン1〜2杯を入れるのと同じ効果があらわれて、立ち上る香りを愉しみながら美味しく飲むことができるのです。
—あぁ、確かに様々な香りが立ち上ってくるし、飲んでみると上品な味わいに感じられますね。
田中: そうなんですよ。小さな氷が溶けることで、ほんの少しだけ温度が下がって味が引き締まり、「上品で素敵な液体を飲んでるな」って気持ちになりますよね。まわりの人達も、この飲み方をとても気に入って、みんなが納得してくれました。
—ウイスキーの飲み方としてはもともとあるスタイルなんですか ?
田中: いや、ないですね。こうやって自由に飲み方を考えられるのもウイスキーの面白いところだと思います。
ウイスキーって、味わいとしては完成された状態でボトルにつめられているのです。だから、あとはお客さんに、その美味しさを自分の好みにあった方法で最大限に愉しんでもらうだけなんですよね。今回新しく発売される『富士』も、そうやって世界中で自由に愉しんでもらえるウイスキーになるといいなと願っています。