仲間とつくり、ファンとつながる。ウイスキーは人と人をつなぎ「分かち合う」お酒 [Blend Your Curiosity vol.10]

2019.09.05

「Blend Your Curiosity」は、マスターブレンダーである田中城太が、ブレンダーの仕事を通して発見したウイスキーの新しい愉しみ方をお届けする全11回の連載企画です。第10回目となる今回のテーマは、ウイスキーづくりを通して出会った人たちについて。業界に息づく「ウイスキー仲間」の思想、ウイスキーファンとの交流で感じた「分かち合うお酒」としてのウイスキーの魅力についてお伝えします。

連載「Blend Your Curiosity」はコチラ

つくり手とお客様で育んできたウイスキーの魅力と文化

この連載も残すところあと2回になりました。

これまでウイスキーを取り巻く環境からつくる工程、ウイスキーの愉しみ方まで幅広くお伝えしてきましたが、執筆する中で改めて自身のキャリアを振り返る良い機会にもなりました。

改めて、なぜ私が これほどまでにウイスキーに惹きつけられるのか を考えてみると、ウイスキーづくりを通して出会ってきた魅力的な人たちとの出来事が思い出されました。そういった人たちからいつも多くのことを学び、刺激を受けてきました。

今回は、ウイスキーづくりに関わる人たちから学んだ「ウイスキー仲間」という業界に息づく思想と、ウイスキーを愛してくれる人たちとの交流を通して実感した、もうひとつのウイスキーの魅力「分かち合う楽しみ」をお届けします。

ウイスキー業界に息づく「ウイスキー仲間」という思想

ワイルドターキ―蒸溜所で、伝説的マスターディスティラーのジミー・ラッセル氏と

つくり手どうしの交流を通してつくづく感じるのが、業界に息づく「フェロー・ディスティラーズ(=ウイスキー仲間)」という思想です。つくり手同士はライバルではなく仲間であるというこの思想は、ともに手を取り合ってより良いウイスキーづくりをし、業界全体を発展させていこうというもの。

私が出会ってきたウイスキーづくりに携わる人の中で特にこの考え方を体現しているのは、ワイルドターキーの伝説的マスターディスティラー、ジミー・ラッセル氏です。

今から20年近く前、私がフォアローゼズ蒸溜所で働き始めて間もない時のこと。あるイベント試飲会でブースを出していたのですが、当時はまだ米国内でそれほど有名でなかったフォアローゼズには人があまり集まりませんでした。

それが突然、閑散としたブースに何人もの人が足を運んでくれるようになりました。聞けば、ラッセル氏に紹介されたのだと言います。

ラッセル氏に礼を述べると「いいモノを勧めるのは当然だよ。ピザの一切れを奪い合うのではなく、ピザそのものを大きくしてみんなで分かち合えば、みんながハッピーになれる。僕たちは仲間なのだから、みんなで一緒に成長しよう」、そんな言葉が返ってきたのです。

この言葉「We are fellow distillers.」を聞いた時には、「ウイスキー仲間」の思想の真髄に触れ、感動したことを今でも鮮明に覚えています。

また、「Mr.フォアローゼズ」と呼ばれていたマスターディスティラーのジム・ラトリッジ氏は、業界関係者に常にオープンな姿勢でした。
「えっ、そんなことまで開示していいの」と思われるような、詳細な原料配合比や仕込条件などを説明するシーンをたびたび目の当たりにしては驚きとともに感銘を受けました。

シーバスブラザーズ社蒸留所統括責任者のアラン・ウィンチェスター氏と。グレントハース蒸溜所で

シーバスブラザーズ社の蒸留所統括責任者アラン・ウィンチェスター氏は、訪ねるたびに「これは知っているか、あの蒸留所の設備は見たか」と予定もしていなかった蒸留所に連れて行って隅から隅まで 説明してくれます。

ホワイトマッカイ社のマスターブレンダーで「ザ・ノーズ(鼻)」の異名をもつ業界の重鎮、リチャード・パターソン氏は多忙な中、原酒の試飲&ディスカッションに時間を割いてくれ、とても貴重な原酒のサンプルまでみせてくれ、別れ際には「次はいつ頃来られそう?」と聞いてくれるのです。

これら世界のウイスキーのつくり手の方たちに通じるのは、先述した「フェロー・ディスティラーズ(=ウイスキー仲間)」という考え方。そしてこの精神は遠く離れた日本でも流れています。

ジャパニーズウイスキーのこれからを、ともに考える

日本でも作り手どうしの交流は以前から行われており、私自身も他社の諸先輩の方々から多くの激励とアドバイスをいただきながら現在に至っています。

今、世界で注目を集めているジャパニーズウイスキー。その一翼を担っている 、イチローズモルトで知られている肥土伊知郎さんとの交流もそのひとつ。スコットランドのモルトウイスキーづくりを忠実に踏襲しながらも、地元秩父産の大麦やミズナラ材を活用するなど、様々な新しい取り組みにチャレンジされていて、いつも多くの刺激を受けています。

仕事柄、国内外のイベントでご一緒する機会も多いのですが、時に互いの蒸溜所を訪ね、原酒の試飲をしながら、おいしいウイスキーづくりや新しい取り組みについて、そしてこれからのジャパニーズウイスキーのあり方について、同じウイスキー仲間としてスタッフの人たちと共に議論を交わすなどして、交流を続けています。

お客様から教えてもらったウイスキーの魅力

「ウイスキーを美味しいと感じる体験をしてもらいたい」。当たり前かもしれませんが、我々ウイスキーのつくり手全員が胸に抱いている想いです。お客様がウイスキーを愉しんでいる姿を見ること、それが何よりも私たちの励みになりますし喜びでもあります。

蒸溜所へご来場いただいたり、イベント会場でお会いしたりと、実際に数多くのお客様と接する機会が多いのですが、お客様との交流を通して感じるのは、ウイスキーの愉しみを「分かち合う」喜びです。

イベント会場では多くのウイスキー商品が並びますが、お客様が自らのお気に入りや、秘蔵ウイスキーのサンプルを持ち込んで、「ジョータさん、これ飲んでみて下さい」とお客様から声をかけられ、テイスティングさせていただくことが度々あります。私がお会いしたウイスキーファンのみなさんは、ご自身が飲んでおいしかったものや珍しいものを他の人と分かち合うことを楽しんでおられるようです。

周りの方が知らないことを得意げに話すのではなく「こんなおいしいものがあったからぜひ飲んでほしい」と、ご自身の愉しみを分け合おうとしてくださるのです。このように、ウイスキーには分かち合うことを愉しむ文化があるように思います。

長い間ウイスキー業界に身を置き、様々な人達との出会いから多くを学び、感動し、育てられてきました。改めてこのような文化の中でウイスキーづくりに携わることができてよかったと感じています。

さて、この連載もいよいよ次が最終回です。最後のテーマはウイスキーの「これから」について。私たちの目指すウイスキーや将来の夢、これまで受け継いできたウイスキーの文化をどうやって次世代につなぎ、発展させていこうと思っているのか、今の私の想いをお伝えしてこの連載を締めくくりたいと思います。

お楽しみに。