数十年後の味わいを思い描きながら樽詰めするウイスキーの「熟成」[Blend Your Curiosity vol.5]
2019.03.28
「Blend Your Curiosity」は、マスターブレンダーである田中城太が、ブレンダーの仕事を通して発見したウイスキーの新しい愉しみ方をお届けする全11回の連載企画です。第5回目となる今回のテーマは「熟成」について。ウイスキーの品質を決めるこの熟成という工程で、ブレンダーがどんな工夫をしているかを追いかけます。
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ウイスキーが琥珀色である理由
見る者を魅了する「琥珀色」のウイスキー。この琥珀色は樽で「熟成」させてはじめて生まれることをご存知でしょうか。樽に入れる前の蒸留液は無色透明で、味わいも粗く刺激的です。
それが樽熟成の間に徐々に色づき、琥珀色になってゆきます。これに伴い味わいも少しずつ芳醇でまろやかに変化します。この現象を「熟成」と呼んでいますが、樽の中で何が起こっているのか、そのメカニズムの多くはまだ未解明なことが多く、神秘のヴェールに包まれているのです。
今回はいよいよウイスキーづくりにおける魅惑的な「熟成」について掘り下げていきます。
「熟成」中の樽の中では大きく分けて以下の4つのことが起こっています。
1.樽からの色・香味成分の溶出
ウイスキーに用いられる樽の大半は北米産ホワイトオークで、樽の内面を焼き焦がしたものを使用しています。オーク材を焼き焦がすことによってはじめて、色素成分やバニラ・キャラメル・ナッツ類などを想わせる香味成分が生成されます。
これらの成分や樽材由来のポリフェノール、香気成分などが樽熟成の間にアルコールと水の作用で溶け出し、ウイスキーが徐々に色づくとともに、芳醇で甘く複雑な味わいに変化してゆきます。
2.刺激的な成分の樽外への蒸散
樽熟成の間に原酒が年に3%程度蒸発します。これを天使の分け前(エンジェルズシェア)と呼び、これがあるからこそウイスキーがおいしくなるとも言われています。
未熟で刺激的な成分が樽内面の炭の層に吸着されるとともに樽の外へ蒸散し、雑味や未熟な香味がなくなりクリーンになるのです。
ウイスキーが蒸発すると同時に周囲の空気を樽内に取り込むことから、「樽が呼吸する」とも表現されます。
3.成分どうしの化学反応
ウイスキーが華やかさやフルーティーさを纏うのは、熟成中にさまざまな化学反応が連鎖的におこることによって、多様な成分が生成されるからです。
樽内に入り込んだ空気による酸化もそのひとつ。ウイスキーにとって酸化は重要な要素であり、原酒に空気が時間をかけてゆっくり溶け込み、空気中の酸素によって徐々に成分が酸化されます。
その後の化学反応の連鎖によって、洋梨やパイナップル、オレンジなどを想わせるフルーティーで華やかな香りが生まれます。これは、原酒の中のアルコールと脂肪酸によるエステル化という化学反応によって生まれるもので、じっくり樽の中で熟成されたウイスキーならではの特長なのです。
4.アルコールと水の会合
熟成を経たウイスキーが口当たりまろやかで円熟味を増すのは、アルコールと水の分子が特有の相互作用で会合する(混ざり合う)ためであることが明らかになってきました。
アルコールは分子内に水を好む性質と嫌う性質をもっていて、この性質が原酒の中でのアルコールと水の会合状態を特有なものにしています。
また、アルコールは味覚上、それ自体「甘み」と刺激を伴う「辛さ」を有しており、アルコール度数の違いによってウイスキーの味わいに違いが出るのは、 アルコールと水の比率が変わり、その会合状態が変化することで、甘みと辛さの感じ方が変わるためでもあるようです。
熟成中に樽から溶出する成分や新たにできてくる成分が、ウイスキーを芳醇で複雑豊かな香味にするだけでなく、アルコールと水の混ざり合う会合状態にも影響し、ウイスキーに独特の「まろやかさ」を与えているようです。
数年から数十年後の味を思い描いて熟成させる
樽熟成させることを、「樽で寝かせる」とも表現されますが、それは単に蒸留液を樽に詰めて放っておくわけではありません。
実際は、樽に詰めるアルコール度数と樽の種類の組み合わせによって熟成の仕方が変わるため、それぞれの原酒を熟成させる前に、ウイスキーをどのような味わいにするのかをブレンダ―が思い描きながら、樽のタイプとアルコール度数を決めて樽詰めしています。
樽については、同じ材質のアメリカンホワイトオークの樽でも、樽の内面の焼き方によってバニラ香やスパイシーさの強弱が変わるため、焼き具合も重要なポイントです。
また、新樽、バーボン樽と呼ばれるバーボンを熟成させた後の樽、そして古樽と呼ばれる複数回ウイスキーの熟成に使用した後の使い込んだ樽をあえて使うなど、樽の使い分けによって熟成のさせ方を変えています。
さらには樽に入れる蒸留液のアルコール度数の違いも、その後の熟成の仕方やスピードに影響を与えます。
富士御殿場蒸溜所での工夫の一端を紹介すると、モルト原酒の甘い樽熟香を引き出すためには、50%の樽詰め度数でバーボン樽に入れます。バーボンタイプのグレーン原酒は、華やかでフルーティーな味わいと共にメープルシロップのような風味を効果的に引き出すために、55%の樽詰め度数で新樽に入れています。
また熟成は、温度・湿度の影響を受けやすく、冷涼で湿度が高い富士御殿場蒸溜所では、熟成中に原酒のアルコール度数が少しずつ下がる傾向にあります。この熟成中のアルコール度数の変化も熟成の仕方に影響を及ぼすため、原酒それぞれに樽詰め度数を検討し、つくり別けの工夫をしています。
樽から取り出すタイミングで味わいが決まる
ウイスキーは、樽熟成を長くすればするほど品質が良くなるわけではありません。
もちろん、熟成年数の長さは、ウイスキーの品質を決める指標のひとつですが、一番重要なのは熟成の度合いであり、熟成にはピークというものがあるのです。熟成し過ぎると、樽の影響が強く出すぎ、原酒本来の特長や個性が弱まり、味わいのバランスが崩れてしまいます。
この熟成のピークを「マチュレーションピーク」と呼び、「原酒が本来持っている香味の特長や個性が最もよく表れるタイミング」と定義しています。
先述のとおり、熟成の初期段階では香味は刺激的で味わいも粗く、熟成が進むとフルーティーさや華やかさが徐々にあらわれ、樽熟香と呼ばれる芳醇で甘く豊かな風味と特長的な果実香が生まれます。
味わいも複雑さが増すと同時にまろやかになり、香味のバランスが良くなります。この時期が「マチュレーションピーク」、いわゆる円熟期にあたります。
熟成のピークを超えるとすぐに品質が劣化するわけではありません。さらに言えば、熟成のピークを過ぎた原酒も、様々な役割や活かし方があり、ブレンデッドウイスキーにはなくてはならないものでもあります。
原酒の熟成の仕方やマチュレーションピークに達するタイミングは、原料や蒸留液の性状、熟成環境、樽の種類など、さまざまな要素が絡み合って変化します。そのためブレンダーは、これまでの経験値から熟成の進み具合を予測し、個々の原酒をテイスティングしながら注意深く見守ります。
原酒の状態によっては、時に樽種を変えて詰め替えたり、熟成庫の場所を移動させたりして熟成の仕方を調整し、原酒の特長を最大限活かすための樽から出すタイミングを見極めています。
長い年月の間、樽に委ねて熟成させることもあり、どれだけ注意深く丹念に見守るかで品質の良し悪しが決まってくるのです。
熟成の先にある仕上げの工程「ブレンド」
これまでお伝えした通り、ブレンダ―は数年から数十年先を思い描きながらウイスキー原酒を熟成させています。とは言え、いかに緻密に計算し、予測を重ねてつくり込んだとしても、長い歳月をかけて熟成させるが故に、樽毎に微妙に個性がでてくるものです。
これまでも、多様な原酒の熟成状態を見守る中で、想像していなかったような香味に驚かされることがありました。経験したことのない独特なフルーティーさや味わい深さに遭遇した時は、とても幸せな気分になりますし、どうやってこの風味をブレンドに活かそうかとワクワクしてきます。
さて次回は、そんな熟成されたウイスキーを組み合わせて理想のウイスキーの味に近づける最後の工程「ブレンド」についてお伝えします。
お楽しみに。