母なる大自然に見守られ育まれるウイスキー[Blend Your Curiosity vol.4]

2019.02.28

「Blend Your Curiosity」は、マスターブレンダーである田中城太が、ブレンダーの仕事を通して発見したウイスキーの新しい愉しみ方をお届けする全11回の連載企画です。第4回目となる今回のテーマは「自然」について。富士御殿場蒸溜所周辺の自然環境を中心に、ウイスキーづくりにおいて不可欠な自然環境について掘り下げていきます。

連載「Blend Your Curiosity」はコチラ

ウイスキーづくりの「Mother Nature」

「Mother Nature」母なる大自然。
私がウイスキーづくりを通じ、自然と接する中で実感している表現です。

本来ウイスキーは蒸留酒であることから、純粋に科学的につくることが可能なため、つくろうと思えば世界中のどこでもつくることができます。

今では、従来のウイスキー5大生産地といわれている地域以外にも、熱帯地域から北極圏内、そして荒涼とした山間地帯からニューヨークの大都会のビルの中まで、世界中の至るところでウイスキーがつくられています。とは言え、世界の名だたるウイスキー生産地は、その土地ならではの自然環境が強く影響して、それぞれの特徴を生み出しているのです。

私たちのキリンウイスキーの製造場所である富士御殿場蒸溜所。私のお気に入りスポットでもある蒸留棟の屋上からは、富士山をはじめ、箱根山脈、丹沢山系を一望することができます。

そんな場所から雄大な景色を眺めていると、大自然がウイスキーづくりを取り巻く単なる環境なのではなく、我々ならではのウイスキーを育んでくれる母親のような存在であり、大自然の持つ大きな「ちから」に見守られ育てられているように感じるのです。

それが「Mother Nature」と私が実感している所以です。

今回はそんな自然環境について、ウイスキーづくりにどれだけ影響を及ぼしているのかについて思いを巡らせてみたいと思います。

ウイスキーの品質に影響を与える「水」

先述した通り富士御殿場蒸溜所は、東に雄大な富士山、西に箱根山脈、北に丹沢山系と三方を山々に囲まれ、南に駿河湾を抱えた大自然の中にあります。

この地に蒸溜所を建設した最大の理由は、富士山の雪解け水が長い年月かけて磨かれた、極めて品質の高い富士の伏流水を豊富に得られることにありました。

富士御殿場蒸溜所では、富士山に降り積もった雨や雪が地下深く染みこみながら50年もの歳月をかけて磨かれた水を、地下100mの水脈から汲み上げて仕込み水として使用しています。ちなみに、ウイスキーの仕込み水は大地からの恵みという意味合いを込めて「マザーウォーター(母なる水)」と呼ばれています。

前回、ジャパニーズウイスキーの全般的な特徴として、高品質な水が故にクリアで透明感のある味わいであるとお伝えしましたが、やはりその中でも、それぞれの水源によってウイスキーの品質に与える影響は少なくありません。

スコッチウイスキーに使用されている大半の水は「Peaty Water(ピーティウォーター)」と呼ばれるピート層を通って赤褐色を帯びた軟水であり、バーボンウイスキーに使用される水は、「Limestone Water(ライムストーンウォーター)」と呼ばれる石灰岩層を通ったカルシュウム含量の多い硬水で、各地の水はそれぞれに大きな特色があるのですが、いずれの生産地でも蒸溜所毎の水源の違いがウイスキーの味わいに少なからず影響を及ぼしているのです。

「スコッチの神秘」と言われるひとつに、モルトウイスキーの品質が蒸溜所によって大きく異なるというものがあり、長年その要因は仕込み水にあると考えられてきました。また、ケンタッキーの複数のバーボン蒸溜所間で仕込み水を交換してウイスキーをつくった実験があるのですが、水を変えただけで違った酒質のものができたという事実もあるのです。

本当に神秘的だと思いませんか?

もちろん、近年の研究によって、ウイスキーの品質を左右する要因が解明されるにつれ、「水」以外の重要な要件が分かってきましたが、水がウイスキーの品質に大きく影響することに変わりはありません。

ウイスキーの香味を左右する気候・風土

水以外の自然環境で、ウイスキーの品質に大きな影響を及ぼす要因としては、その土地の季節による気候の変化や取り巻く環境の違いが挙げられます。

これは、ウイスキーの樽熟成にとても長い時間を要するためなのですが、気候の違いによる影響の代表例として、スコッチウイスキーとケンタッキーバーボンを例に説明しましょう。

スコットランドの年平均気温は約9℃で、一年を通して気温の変化が少ないため、熟成はゆっくりと穏やかに進みます。一方、ケンタッキーの年平均気温は約15℃ながら、夏は30℃を超え、冬は−2℃を下回ります。寒暖の差が激しいため、夏は熟成の「シーズン」と呼ばれるほど熟成が早く進み、冬は非常にゆるやかになります。

もちろん、様々な要因が絡むため、単純ではありませんが、スコットランドやケンタッキーの例のように、年間を通して穏やかな気温の変化の場合は、熟成がゆるやかに進み、やさしくフルーティーなスタイルになり、変化の激しい場合や高温が続く場合は、熟成が勢いよく進み、樽由来の成分の影響を強く受けた味わいが前面に出る傾向があります。

もうひとつ、自然環境の中で影響の大きいものとして挙げておきたいのが、風土と言われる、その土地ならではの地理的条件や空気環境です。

この風土が影響する代表例は、スコットランドのアイラ島の海岸沿いや、ハイランド地方の山間の熟成庫で熟成を重ねたウイスキーでしょう。

海岸沿いで熟成されたウイスキーは「磯の香り」「海藻」「海風」と表現されるものがありますが、これは付近の海岸を歩いていると、ウイスキーに含まれる香りの要因として納得できます。

また、山間部の「ヒースの香り」が特徴のひとつとされているものについては、以前ハイランドの丘陵地帯を訪れた際、あたり一面にヒースの花が咲き誇り、華やかで濃密なヒースの花の香りに包まれたことを体験し、ウイスキーにヒースの香りが特徴香として感じられることが理解できました。

ウイスキーは熟成環境である周りの雰囲気を取り込んでしまうため、清澄な空気環境が必須とされてきましたが、さまざまな風土で育ったウイスキーを見てきて、これはとても頷ける真実なのです。

さて、富士御殿場蒸溜所を取り巻く大自然。
富士御殿場蒸溜所は、海抜620m、富士山頂までの水平距離が12kmという位置にあり、まさに富士山のふもとと言えます。とはいえ富士山のふもとにあっても、蒸溜所から富士山が見えるのは年間の3分の1という霧深い場所でもあります。

一年を通して立ちこめる霧によって保たれる高い湿度、年平均気温13度の冷涼な気候、雄大な富士の裾野の森林に浄化された空気が蒸溜所の気候・風土を形成しています。

気温の変化がゆるやかで高原性の冷涼な気候で多湿な自然環境。この気候・風土が故に、富士御殿場蒸溜所でつくられるウイスキーは、口当たりがまろやかで優しくフルーティーな味わいになります。

キリン富士御殿場蒸溜所がこれまでずっと目指してきたウイスキーは「クリーン&エステリー」。「クリーン」とは雑味がなくすっきりまろやか、「エステリー」とはフルーティーで華やかな香味を示す表現なのですが、これはまさに、富士山のふもとの大自然に抱かれた、冷涼な気候と清澄な風土環境だからこそ育まれる特長なのです。

富士山のふもとの大自然は、私たちが目指してきたスタイルのウイスキーづくりを見守り、理想の味わいを育んでくれる「母なる大自然」なのです。

自然環境とウイスキーの特徴

今回は蒸溜所を取り巻く自然環境、その中でも「水」と「気候・風土」がその土地のウイスキーの特徴に少なからず影響を及ぼすことをお伝えしました。

自然環境が変われば、ウイスキーの味わいは違うものになってしまいます。冒頭で申し上げた通り、科学的に条件を全てコントロールし、ウイスキーの味わいをつくりあげることは可能なのですが、科学・技術だけではどうしても納得のゆくものをつくり上げることができません。

それだけ自然環境はウイスキーづくりにおいて欠かせないものです。自然に見守られながら育まれるウイスキー、そう考えると、より神秘的で魅力のあるものに映りますよね。

さて、次回は「熟成」についてお伝えしていきます。

お楽しみに。

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