日本の風土で育まれた“地酒”ジャパニーズウイスキー [Blend Your Curiosity vol.3]

2019.01.24

「Blend Your Curiosity」は、マスターブレンダーである田中城太が、ブレンダーの仕事を通して発見したウイスキーの新しい愉しみ方をお届けする全11回の連載企画です。第3回目となる今回のテーマは「ジャパニーズウイスキー」。その生い立ちから特長、目指すスタイルまで掘り下げていきます。

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「日本のウイスキー」の生い立ち

「ジャパニーズウイスキー」という言葉は聞いたことがあると思います。しかしながら「ジャパニーズウイスキーとはどういうものか?」と問われれば、スタイルや味わいに明確なものがあるわけではないのです。

実は「ジャパニーズウイスキー」という言葉が世の中に広く浸透し始めたのは、ここ20年くらいのこと。それよりもはるか以前、日本のウイスキーの歴史は1923年にさかのぼります。

マッサンこと竹鶴政孝が大正時代にスコットランドに学び、日本でスコッチスタイルのウイスキーづくりを目指したことをご存知の方も多いと思います。その竹鶴政孝がサントリー山崎蒸溜所の初代所長として日本でウイスキーづくりが始まったのが1923年。そして1934年、竹鶴政孝が余市に蒸溜所を建設して自らのスコッチスタイルのウイスキーづくりを始めました。

このようなエピソードをお伝えすると、日本のウイスキーは全てスコットランドにその歴史的源流があると思われることが多いのですが、実はそれだけではないのです。

キリン富士御殿場蒸溜所は1973年の創業当時から、スコットランドだけでなく、アメリカのバーボンやカナダのグレーンウイスキーの製造技術や設備・ノウハウを導入してきました。そこにキリン独自の醸造技術や、きめ細かな造り込みノウハウを融合させて磨き上げたウイスキーづくりをしています。目指してきたのは「日本人による日本人の嗜好に合うウイスキーづくり」なのです。

各社、その生い立ちや歴史・目指すスタイルが違うものの、それぞれの理想を追い求め、つくり込みや創意工夫を積み重ねていく中で今のスタイルを築き上げてきました。その結果、ここ20年で日本のウイスキーメーカーが国際的品評会でトップに名を連ね、世界中から「ジャパニーズウイスキー」として注目を集めるようになりました。

ジャパニーズウイスキーとは何か特別なスタイルを指しているのではなく、これまでの日本のウイスキーメーカーが品質を追求してきた努力の結晶なのだと思います。

それでは次に、ジャパニーズウイスキーの足跡を追いかけてみることにします。

培ってきた日本のウイスキーの「技術力」

先達が海外のウイスキー蒸溜所に足を運び、日本にはじめに技術が持ち込まれたときは「模倣」から入りました。

スコッチウイスキー業界は、歴史やその業界の発展の仕方が理由で、蒸溜所間の原酒売買や物々交換が商慣行としてあり、昔から、多くの蒸溜所の原酒を調達してブレンドしています。

しかしウイスキー製造の歴史も浅く、先述したスコッチウイスキー産業のような原酒売買や交換の商慣行がない日本においては、各社独自に原酒を造り別ける必要がありました。各社独自に必要とする多種多様な原酒を造らざるを得なかったのです。

そういった環境の中での創意工夫や努力の積み重ねが各社の技術ノウハウの蓄積につながり、技術力が磨かれていくことになりました。さらに、日本人ならではの探求心や細部にこだわる気質もあいまって、繊細でオリジナリティ溢れる独自のスタイルができて上がってきました。

海外のものを単に模倣するだけでは飽き足らない、よりいいもの、美味しいものをつくろうとした、こだわりや探究心など熱い想いをもった先達の努力の賜物によって、今日のジャパニーズウイスキーの世界的な評価につながっているのです。

それでは、ジャパニーズウイスキーが世界的に評価されている理由にはどんなものがあるのでしょう。

日本の文化とウイスキー

ウイスキーに関する著書を多数執筆してきた、世界的に著名な英国のウイスキー評論家で日本にも造詣が深いウイスキージャーナリストのデイブ・ブルーム氏は、ジャパニーズウイスキーについてこう評価しています。

フレーバ−はどれもバランスが良く、複雑でなめらか。そしてクリアで透明感がある。日本料理とも共通点があり、余計な味わいや飾り付けがなくすっきりしている。

これは、「ひとつひとつの香味要素がしっかりと感じられながらも、それぞれが複雑に絡みあって調和した透明感のある味わいである」ということになるでしょうか。

日本料理は「水の料理」と表現されることがあります。同じようにジャパニーズウイスキーをジャパニーズたらしめている要素の中に、「水」が大きく影響していると思います。世界中のウイスキー生産地域を見渡しても日本の水質は圧倒的に高く、まろやかで美味しい軟水が至る所から得られる国は、世界中を見回しても、ほとんどないと言えます。

もちろん、その土地の水でしか作れない味わいがあるので、日本が一番ウイスキーに適していると言っているわけではありませんが、日本の高い水質はジャパニーズウイスキーの特長の源泉であると思います。

日本人には元来、海外のモノや文化を取り入れる柔軟性と、それを日本の文化と融合させてオリジナルなものに仕上げていくという気質があります。たとえば、千利休が中国から渡ってきた豪奢なスタイルの茶道のスタイルをそぎ落とし、「侘び茶」として完成させたことにも日本人の気質が顕れているのではないでしょうか。

頑なにひとつのものを守り続けることよりも、いいものはいいものとして取り入れ、その地の風土や文化にフィットさせる日本人の創造力。

ジャパニーズウイスキーにも、その土地ならではの自然環境や風土、文化などと調和を取りながら、いいものに仕上げていくというスタイルが反映されています。

その土地で育まれる「地ウイスキー」

ウイスキーはお酒のカテゴリーで言えば洋酒に分類されますが、蒸溜所のあるところで、長期間に渡って熟成されることを考えると、ウイスキーも、日本の気候風土で育まれたその土地のお酒「地酒」と言えると思います。つまり「地ウイスキー」ですよね。

日本は南北に長く、ウイスキーの生産地も亜寒帯から温帯まで気候風土も様々であり、そこで造られるウイスキーも必然的に多様なものになります。さらに日本は四季があり、その気候風土が香味形成に大きく影響します。

この連載の前回のテーマ「時の贈り物」で紹介しましたが、樽熟成にはとても長い時間を要するため、蒸溜所を取り巻く自然環境とは切っても切り離せません。そういった自然環境に、日本人のつくり手としての感性やこだわりの気質と、日本人の飲用習慣や食事の嗜好性を含めた様々な文化的要素が合わさってはじめて、ジャパニーズがジャパニーズたるものに仕上がっているのだと思います。そう考えると、ウイスキーも「地酒」としてとても身近に感じられませんか?

先述のデイブ・ブルーム氏は彼の著書の中で、ジャパニーズウイスキーはウイスキーづくりだけでなく、飲み方や愉しみ方まで、あらゆる視点から追究しながら独自のスタイルに仕上がっているとした上で、武道や茶道になぞらえて「ウイスキー道」と表現しています。私も指摘されて初めて気付いたことですが、それだけジャパニーズウイスキーが「日本ならでは」のものとして捉えられているということでしょう。

さまざまな要素が絡みあい調和されて独自の「道」を開拓し続けているジャパニーズウイスキー。次回は、そのひとつの要素である「自然」に焦点を当てたいと思います。

お楽しみに。