家でゆっくりと魅力を発見するウイスキーの愉しみ方−マスターブレンダー田中城太−
2017.10.12
渋い佇まいやその高いアルコール度数から大人の飲みものとしてのイメージが高いウイスキー。しかし、飲み始めると、少しずつその奥深さにはまってしまう方も少なくないのではないでしょうか。DRINXでは今年4月に「富士山麓 シグニチャーブレンド」(以下、シグニチャーブレンド)を発売しました。これまで大事につくってきた「富士山麓 樽熟原酒50°」(以下、樽熟原酒50°)とは何が違うのか、マスターブレンダーの田中城太さんに家での愉しみ方を踏まえてお伺いしました。
ウイスキーの“旬”を届ける
キリンのウイスキーのフラッグシップとしてこれまで大切につくり続けてきた「富士山麓」。そんな富士山麓ブランドからこの春登場した「富士山麓 シグニチャーブレンド」はこれまでの「樽熟原酒50°」とはどのような違いがあるのか、まずはお伺いしました。
田中さん(以下、敬称略):
「今年の4月下旬にこれからの「富士山麓」のフラッグシップとして発売した『シグニチャーブレンド』のコンセプトは“マチュレーションピーク”。“熟成のピーク”に達した原酒を厳選したブレンドです。他の飲みものや食べ物と同じように、ウイスキーにもおいしいタイミングの“旬”があることをお伝えしたくて開発しました。」
「一般的には、ウイスキーは長く熟成すればするほど、おいしくなると思われがちなのですが、実際は、原酒の個性が一番あらわれる熟成のピーク(円熟点)というものがあるのです。この原酒の個性が一番あらわれた状態の原酒を厳選してブレンドしたのがこの『シグニチャーブレンド』です。従って、商品には熟成年数の表示はありません。熟成年数表示は、熟成期間をあらわす数字であって、その数字が大きい方が素晴らしいウイスキーということではないのです。ウイスキーのおいしさは、“熟成の状態”がいかに良いかがポイントであって、円熟点に達した原酒の個性を最大限活かすために厳選してブレンドしています。」
「シグニチャーブレンド」について、熟成期間の長さ=おいしさと考えられがちなことに対するアンチテーゼとも表現されていた田中さん。これまでつくってきた「樽熟原酒50°」とはどう違うのかについてもお伺いしました。
田中:
「我々のスタンダードである『樽熟原酒50°』。こちらは“原酒の味わいそのままに”というのが基本コンセプトです。開発の原点は、樽から直接注がれた原酒を味わった方々の笑顔なのです。みなさん、樽出し原酒を味わった際に、満面の笑みをたたえて『おいしい!』とおっしゃる。この原酒のおいしさを一人でも多くのお客様にお届けしたい。そういう想いで開発しました。従って、こちらは原酒がもつ力強さも含めた特長を活かし、樽から出した原酒の味わいをできるだけそのまま味わっていただくためにつくったものです。『シグニチャーブレンド』との違いはピークに限らない原酒としての力強さや“うまみ”を含めた特長にフォーカスしていることなのです。『シグニチャーブレンド』の“熟成のピーク”だから感じられる複雑さやエレガントさに対し、『樽熟原酒50°』では味わいの力強さやインテンシティー(鮮烈さ)という表現を海外のメディアでもされています。」
見て、飲んで、聞いて、知って、味わうだけではないウイスキーの愉しみ
つづいてお伺いしたのは、田中さんの家飲みについて。ウイスキーだけではなく、食への造詣がとても深い田中さん。ただ何も知らずに味わうだけではもったいない、ウイスキーの奥深い愉しみへと話は進みます。
田中:
「よく、毎晩お酒をたくさん飲むようなヘビードリンカーなのだろうと思われるのですが、そんなことはないのです(笑)。普段ウイスキーを愉しむのは週末です。それに、ウイスキーだけではなく、料理や季節によって、日本酒・焼酎、ワインやコニャック、そしてウイスキーと、いろいろなお酒を愉しんでいます。アメリカのケンタッキーに住んでいたときには、冬になると、暖炉に薪をくべて、バーボンを愉しんでいました(笑)。」
田中:
「自宅でお酒を味わうときに使っているのがこの手吹きのコニャックグラスです。蒸留酒を嗜むときは、まずはストレートなので、ほとんどのお酒をこのグラスで味わいます。この小ぶりでチューリップ型のグラスは、お酒の特長をよく捉えられるので愛用しています。そこから感じられた特長によってどんなグラスに入れようかとか、お酒によって選ぶ愉しみがあります。」
「ウイスキーなら例えばこちらのデザインのロックグラス。ウイスキーは冷やすと香りや味わいを感じにくくなってしまうので、私は普段、氷を入れて飲むことはほとんどありません。ですがこのロックグラスに入れると、氷を入れなくてもこの独特のデザインによって氷を入れたときのように光が複雑に屈折し、ウイスキーをより美しく魅力的に見せてくれます。お酒って味や香り以外にも見たときの美しさも重要ですよね。お客様にもよくお伝えするのですが、味わうだけではなく、見て、飲んで、聞いて、知って愉しむ。そうやっておいしさは倍々になっていくのです。ウイスキーはアルコール度数が強いためか“酔うお酒”というイメージが強く、高いアルコール度数のお酒に慣れない方からは『私のお酒ではない』と思われてしまうこともあります。でも、お酒は文化をまとっている飲みものなので、知れば知るほど魅力的になります。愉しみとしてはただ酔うというだけではないことを知っていただきたいですね。」
愉しみを広げてくれる、お気に入りのおいしいものたち
実は今回、田中さんにはあらかじめ「シグニチャーブレンド」と合わせて普段ご自宅で愉しんでいるお料理やおつまみをお伺いしていました。実際にそのおつまみを食べながらウイスキーとお料理のマリアージュについてもお話しをお聞きしました。
田中:
「食べ合わせで合いそうだなというものは食べる前からある程度予想できるものもあるのですが、やってみないとわからないものも多くあって、その驚きや発見がすごく愉しいのです。その中でもチーズは、合うものと合わないものの差があっておもしろい。青カビのチーズはどういうわけかウイスキーのような熟成酒によく合いますね。今回は、おすすめとして『シグニチャーブレンド』に合わせてあまり青カビや塩分が強すぎないフルムダンベール(※)を持ってきました。」
※ フルムダンベール:フランスのオーヴェルニュやローヌの一部の地域で生産される牛乳を原料とする青カビのチーズのこと
田中:
「あとは、相性としておもしろいのが、エスプレッソ。イタリアンレストランにウイスキーを持ち込んで友人たちと飲んでいたときの発見でしたが、最後に出していただいたエスプレッソを飲んだ直後に『シグニチャーブレンド』をふっと口にしたときのこと。口の中いっぱいに広がるウイスキーとエスプレッソのフレーバーの相性の良さに、その場にいたみんなで盛り上がりました。アイリッシュコーヒーとか、コーヒーの中にウイスキーを入れて飲むスタイルはありますが、エスプレッソを飲んでその余韻でウイスキーを愉しむのです。エスプレッソ特有のコーヒーのおいしさやウイスキーのおいしさを相互に引き立てるだけでなく、マリアージュされた独特のおいしさが口の中に広がります。また、ローストしたばかりのコーヒーの豆をかじりながらウイスキーを飲むこともあります。ウイスキーを愉しむときには、何か新しい発見がないか、いろんなことを試しています(笑)。」
ウイスキーのブレンダーでありながらもいろんなお酒をよく愉しまれるという田中さん。さらには、お酒だけでなく、食文化全般への興味の広さ、アンテナの高さはお話しの中からも伝わってきます。
田中:
「やはり、おいしいものづくりには、つくっているものだけを突き詰めるのではなくて、それが世の中でどういう位置付けなのかということを認識することが大切ですし、まずいものもおいしいものも知って、初めておいしいものとは何かがわかると思うのです。だから、『ブレンダーさんは刺激物を食べないのでしょう?』と尋ねられることも多いのですが、試飲前以外であれば、普段は甘いも辛いも関係なく食べています。おいしいものにはとことん貪欲でありたいと思っています。単に食べることが好きなだけなのですけどね(笑)。」
他にも、事前にお伺いした中では焼き魚や煮魚、お刺身なども、ウイスキーのマリアージュとしては意外なイメージの組み合わせも多数ありました。
田中:
「ウイスキーは全般的にお魚との相性が良い数少ないお酒だと思います。お酒によっては魚臭さを強調してしまうものやマリアージュが難しいものもあるのですが、アルコール度数が高いこともあり、脂の乗った魚などは特にその脂を程よく溶かしてくれるし、魚の風味を引き立たせてくれます。調味料として使われる味噌や醤油など麹系の要素もウイスキーととてもよく合うのです。こう愉しまなければならないというルールはありませんが、意外な食べ物とのおもしろい組み合わせから発見する愉しみもぜひ知っていただきたいですね。」
お家だからこそ、こんな愉しみもできる
ご自宅でもウイスキーをはじめとして様々な食への探究心が尽きない田中さん。自宅だからこそできるウイスキーの愉しみ方についてもお話しをお伺いしました。
田中:
「ストレートにスプーン1杯・2杯と水を少しずつ足していくことで、ウイスキーの香りがブーケのように花開き、味わいも変化することをぜひ愉しんでみてください。それぞれのウイスキーがもっている香味特長をまずは花開かせて味わってみる。きっと新しい香味など、愉しい発見があることでしょう。そして、グラスや飲み方を変えて自分の好みのスタイルを見つけて欲しい。お酒ってあまり考えずに雰囲気や場を愉しむというのが普段だと思うのですが、ウイスキーはさまざまな時間や歴史、人々の想いがたくさん詰まっている魅力的なお酒です。その魅力をゆっくりといろいろな方法で開いて発見する、そういう愉しみ方もぜひ、していただきたいなと思っています。」
ウイスキーひとつについてお伺いしていても、そこから食へのさまざまな広がりをもって興味味深いお話しをしてくれた田中さん。何よりも、おいしいものを食べているときの溢れんばかりの笑みが印象的で、本当に食への探究心が奥底から湧いているというのが伝わりました。見て、飲んで、聞いて、そして知って、味だけではないウイスキーの奥深い世界を広げてみてはいかがでしょうか。