グラス選びで広がる、ウイスキーの味わいと愉しみ方
2018.04.19
あなたが日ごろ飲んでいるウイスキー。その味わいには、まだまだ知らないさまざまな表情が秘められているかもしれません。実はウイスキーの香りや味わいは、注ぐグラスの形が変わることで大きく表情を変えるのをご存知ですか?形状や大きさなどに注目しながらグラスを選ぶことで、ウイスキーの愉しみ方の幅が広がります。今回は、キリンのブレンダー3名に、彼ら自身がプライベートで使っているグラスを全部で8点用意してもらいました。「富士山麓 シグニチャーブレンド」や「富士御殿場蒸溜所 ピュアモルトウイスキー」といったウイスキーの味をつくりあげ、そしてその味を維持してゆくために、たくさんの原酒の味や香りと日々向き合い続ける彼ら。どのような形のグラスが、どのようにウイスキーの特長を引き出してくれるのか。それぞれのグラスへの想いとともに語っていただきましょう。
マスターブレンダー/田中城太さん
キリンウイスキーのマスターブレンダー。
1988年、キリンビール株式会社に入社。1989年にナパバレーのワイナリーに勤務後、カリフォルニア大学デービス校大学院修士課程を終了。1995年に帰国し、2000年にブレンダーに就任。2002年に再度渡米し、フォアローゼズ蒸溜所にてバーボンの商品開発全般に携わる。2009年に帰国後、キリンビール商品開発研究所でブレンダー業務に従事し、2017年にマスターブレンダーに就任。
ブレンダー/樋浦竹彦さん
キリンウイスキーのブレンダ―。
2005年にメルシャン株式会社に入社後、ブレンダーとして軽井沢蒸溜所の製品の開発に携わる。勝沼のワイナリーでのマール製造や、「本搾り」などのチューハイブランドの商品開発を担当した後、2007年からキリンビール株式会社のウイスキーブレンダーとして商品開発や原酒管理に従事。
ブレンダー/竹重元気さん
キリンウイスキーのブレンダ―。
2006年、ビール好きであることを理由に、キリンビール株式会社に入社。焼酎やチューハイブランドの商品開発に従事し、「ビターズ」や「キリン・ザ・ストロング」の開発メンバーとして活躍。その後、ウイスキーブレンダーとして「富士御殿場蒸溜所 ピュアモルトウイスキー」の開発を担当。
01. ストレートで香りを愉しむ、愛用の「コニャックグラス」
はじめにマスターブレンダー田中城太さんに挙げてもらったのは、仕事場となる蒸溜所でも使用するテイスティンググラスにも似た形の、コニャック用のグラス。ほどよくチューリップ型に膨らんだボディとすぼまった口により、例えば、香り高さが特長の「富士山麓 シグニチャーブレンド」のようなウイスキーをスワリング(※)させたときに、立ちのぼる香りをグラスの中に溜め、しっかりと香りを愉しむことができます。
※ グラスの中の液体をくるくると回して香りを引き出すテイスティング方法のこと。
田中さん(以下、敬称略):
「形がエレガントなステムタイプ(脚がついているもの)のグラスが好きなのです。このグラスは、注ぐ量も香りの立ちかたも、ウイスキーをストレートで試すのに非常に適したグラスだと思います。ウイスキーだけじゃなく、ワインを含めたさまざまなお酒を愉しむときに使っています。注いだお酒がどんな魅力を持ったものなのか、その特長をわかりやすく伝えてくれるので、お酒を試したり、愉しむ際の基本のグラスとして愛用しています。スワリングしてグラスの内側全体を濡らすと、より一層さまざまな香りが立ちのぼってくるのがわかりますし、熟成香と呼ばれる複雑で芳醇な心地よい香りを、この形のグラスではより一層愉しむことができるのです」
香りや味わいの変化をさらに愉しむために、グラスに水を少しだけ注いてみることもオススメ。「香りが花開く」と田中さんが表現するように、スプーン1杯、2杯と加水をするとさまざまな香りがブーケのように立ちのぼってきます。
「富士山麓 シグニチャーブレンド」なら、洋梨やパイナップル、そしてオレンジピールを想わせるフルーティで華やかな果実香が、黒糖や焼き菓子のような甘く芳ばしい風味とともに複層的にあらわれ、それぞれの原酒が織りなす香りや味わいをより一層愉しむことができるのだそう。
02. 琥珀色を愉しみ、ウイスキーを愛でる「ロックグラス」
田中さんが次に挙げたのが、ウイスキーをロックで愉しむためのグラス、木村硝子店の「クランプル オールド」。一見ゴツゴツとしていますが、持ってみるとするりと手に馴染みます。田中さんは、その持ちやすさを「ある意味“ユニバーサルデザイン”ですよ」と表現しました。このグラスは木村硝子店と工芸工業デザイナーの方による一品で、田中さんはデザインに惹かれて手に入れたそうです。
田中:
「手への馴染み方がいいですよね。それからこの表面の凸凹のデザインが、氷を入れたオンザロックのようにも見えて、ウイスキーの色艶をいっそう愉しむことができます。氷を入れなくても、硝子のカットのおかげで光が多方向に反射をして、琥珀色がさらに複雑で艶のあるとても魅惑的なものになるのです。このグラスは“色を愉しむ”という点で、銘柄を選ばず幅広いウイスキーをロックで飲む際に使っています。先ほどのコニャックグラスがウイスキーを“評価する”ためのグラスだとしたら、こちらはウイスキーを“相棒”として愛でるグラス、といったところでしょうか」
03. 水を加えて香りや味わいの広がりを愉しむ「準ロックグラス」
田中さんが少し変わった視点でオススメしてくれたのが、吟醸酒やワイン用としてリーデルが発売しているこちらのグラスです。田中さん曰く、“準ロックグラス”のようなポジションで使えるのだそうです。
田中:
「ウイスキーに小さめの氷をひとつだけ入れたり、トワイスアップ(水とウイスキーを1:1で割る飲み方)として、水を加えることで香りをより一層開かせて、ウイスキーのさまざまな香りや味わいを愉しむ際に使うグラスです。もともとは、吟醸酒やワインを愉しむためにデザインされたものなので、香りの広がり方も素晴らしく、デザイン的な魅力と機能を併せ持ったグラスだと思います。これにステムがあったらワイングラスそのものですよね」
04. “舌”でウイスキーを愉しむための「カクテルグラス」
田中さんから最後に、木村硝子店のグラスをもう1点。こちらは世界的ソムリエ、田崎真也さんモデルのグラスで、ウイスキーをオンザロックで飲んだり、クラッシュドアイスなどを入れて気軽に飲みたいとき、何かで割ってカクテルなどにして飲みたいときにマッチしているのだそうです。
田中:
「口が大きく広がった形状なので、香りというより、ウイスキーを“舌”で味わうのに適したグラスと言えます。先に挙げた香りや色艶を愉しむためのグラスに追加して、愉しみ方を更に広げるために時々使います。丸みのある形状とほどよい大きさのおかげで、手に持った時のおさまりもよく、ウイスキーをカジュアルに愉しみたい時に使っています」
05. ウイスキーの“正体”が見える「ホットウイスキーグラス」
「富士山麓 シグニチャーブレンド」のブレンドを担当した樋浦さんがオススメするグラスのひとつは、ホットウイスキーを愉しむのに使っているという石塚硝子のホットワイン用グラス。お湯によって香りが立ちやすくなるので、それを逃さない蓋があるのが特長的です。
樋浦さん(以下、敬称略):
「温めたウイスキーというのは、雑味や若さ、粗さを感じやすくなるものです。そういう意味では、これはウイスキーの“正体”が見えるグラスと言えるでしょう。より熟成し洗練されたウイスキーの香り立ちを愉しみたいときにぴったりだと思います。たとえば自社の商品で言えば『富士山麓 シグニチャーブレンド』などは、フルーティで華やかな果実香や甘く芳ばしい風味がより際立ちます。ウイスキーはお湯で割ると香りが強く出やすいので、ときには香りがやさしいウイスキーを選んだり、その日の自分のコンディションを見ながら愉しむといいでしょう。手に入れやすいので、自宅用にはちょうどいいですよ」
06. 舌で転がしてゆっくりと愉しむ「ショットグラス」
ここまで登場してきたグラスとはサイズからして大きく違うのが、樋浦さん思い出のショットグラスです。テキーラだけでなく、昔のバーではウイスキーもこのようなスタイルで提供していたのだとか。ショットグラスというと、グイッと煽るような飲み方を想像しますが、そういうわけではないようです。
樋浦:
「このグラスは昔、バーでアルバイトしていた時のお店で使っていたものです。ゆっくりと香りを愉しむより口の中で転がして飲むのにいいんですよ。小さく見えますけど、実はけっこう量も入ります。ストレートで飲んだり、少量の水を足して飲んだりしてもいい、ある意味でオールラウンダーなグラスですね。スコッチにも合うと思います。香りももちろんなのですが、純粋にウイスキーの味わいを愉しみたいときに使いたいグラスですね。この形にはあまり繊細なウイスキーではなく、無骨なもの、ワイルドなものが似合います」
07. 気軽にハイボールを愉しむ「タンブラー」
「富士御殿場蒸溜所 ピュアモルトウイスキー」などを気軽にハイボールで飲みたいというときに、ブレンダー竹重さんがオススメするのが木村硝子店のタンブラー。
竹重さん(以下、敬称略):
「ビールを飲むのに使ったりもできる、爽やかに喉を潤したいときに使いたいグラスです。泡の立つ様子を横から眺める…といった見た目の愉しみ方もつくってくれます。モルトウイスキーの中でも飲みやすい『富士御殿場蒸溜所 ピュアモルトウイスキー』でつくったハイボールなんかは、そのリンゴや梨のようなフルーティな香りや特長を、このタンブラーが存分に引き出してくれます。軽い食事とともにさっと飲みたいときは、このグラスのストレートに伸びた造りが気分に合いますね。僕は量を飲みたい方なので、ハイボールも氷少なめでつくっちゃいます」
08. 重さも気分も軽く飲める「ロックグラス」
ロックグラスとして竹重さんが推薦したのは、水を飲むためのリーデルのグラス「H2O」。あまり構えることなく、ウイスキーを気軽に飲むために選んだグラスなのだとか。
竹重:
「グラス自体の重さも軽く、見た目もよくありそうな印象のグラスですよね。気分も軽めに、飲みかたも軽めに、ロックや水割り、炭酸割りなど自由に愉しみたいというときにオススメです。無造作にがさがさっと氷を入れて、『富士御殿場蒸溜所 ピュアモルトウイスキー』などの口当たりのやわらかいウイスキーをトクトクっと注いで。僕は料理をしながら飲む、なんていうシチュエーションでも重宝していますね」
ウイスキーは“発見を愉しむ”もの
ウイスキーの愉しみ方に幅を出すには、グラスの形や大きさ、飲み方など、さまざまなコツがあることをブレンダーのみなさんは語ってくれました。
そのままで、水を足す、氷を入れる、温める、といったことで色々な香りや味わい、熟成感を愉しめるウイスキー。さらにグラス選びにちょっとこだわることで、それぞれのウイスキーが持つ多彩な魅力を発見することができます。
マスターブレンダーの田中さんは、「グラス選びに王道はない」と言います。
田中:
「例えば底が厚く、重厚感のあるカットデザイン入りのグラスは、その重厚さとデザインのおかげで、手にしたときにいわれのない満足感を持てますよね。ある意味、そんなグラスでウイスキーを愉しんでいる自分に酔ったりする(笑)というのもまた、ウイスキーの愉しみ方のひとつです。ウイスキーの飲み方に『これ!』という決まりはありませんから、ご自身の気分やシチュエーションでグラスを選び、その度にウイスキーの新たな魅力を発見していただきたいと思います」
グラスは、ウイスキーのそれぞれの特長をさらに魅力的にしてくれるパートナーのようなもの。
今回語っていただいた“グラス選びによる愉しみ方の広がり”をヒントに、ぜひ、色々なグラスで、色々な飲み方を試してみてください。そうすればきっと、ウイスキーが持っている多彩な魅力に気付き、これまでとは違った愉しみ方に出会えるはずです。