料理家・谷尻直子さんお気に入りのキッチンツール

2017.05.11

フードプランナーであり、渋谷・富ヶ谷にある「ヒトテマ」という予約制レストランを主宰する料理家・谷尻直子さん。レストランのテーマは「現代版おかんの料理」です。8人家族で育った彼女の実の“おかん”が家族それぞれの健康を考えながら毎日の食事を作っていた手際そのままに、料理を賢く楽しむ谷尻さんのキッチンツールについて話を伺いました。

母の味は、筑前煮

インタビューを受けながら、谷尻さんがささっと作ってくれたのが筑前煮です。昆布と干椎茸で水出しした出し汁を使い、ストウブの鍋で炒め煮たあとに、ヨーガンレールの中華鍋に盛り付けます。

—お母さんから受け継がれた料理と聞きました。

谷尻さん(以下、敬称略):そうなんです。この料理は砂糖と酒、みりん、醤油で味付けしたこっくりとしたおいしさで、私が小さな頃から母が作ってくれた大好きなおかずです。短い時間で手早く炒め煮して、出来上がるのもいいですね。定番の料理ですが、レストランで食べるものではないので、家で食べるおかずとして、レパートリーにぜひ入れて欲しいメニューです。アクセントの彩りに普段良く使うさやえんどう以外に、季節の緑野菜や根菜を加えるのが私流です。今日は春から初夏にぴったりな、スナップえんどうとそら豆を加えました。季節を盛り込む筑前煮にすると飽きずに喜んでもらえます。

—大家族で育ったとのことですが、どんな毎日を過ごされていたのですか?

谷尻:実家は、大田区の蒲田にあります。「てやんでぇ」なんて言葉を普通に使っていた、絵に描いたような江戸っ子の父をはじめとして、家族みんなでワイワイと過ごしていました。私は今結婚して息子が一人いてそれだけでもテンテコ舞いなのに、母は一つ屋根の下で暮らす8人の家族と4匹の猫のために当たり前のようにいろんなことをこなしていました。当時はそのありがたみがあまり分かっていませんでしたが、大人になればなるほど改めて母の偉大さを痛感しています。

—家事のお手伝いはされたのでしょうか?

谷尻:私は未熟児で生まれたので、そのせいかはわかりませんが、病弱な子供でした。小さな頃は、外で遊ぶとすぐに気持ちが悪くなったりして、自宅で過ごすことが多かったですね。姉や妹は活発で外にどんどん出かけていましたが、私は母のお手伝いをしながらキッチンに入り浸っていました。多分、母に遊んでもらいたかったんだと思います。

—大所帯のご家族は、食の好みも色々だったのではないでしょうか?

谷尻:そうなんです。母は、祖父母には焼き魚など、晩酌をする父にはビールのおつまみになるお刺身やそら豆をさっと茹でたもの、子供たちにはハンバーグと、それぞれのために食事を用意してくれていました。私はちゃっかり、台所でそれを全部つまみ食いしていたんですけどね。父のおつまみのために用意した活貝を「直子、これ動くのよ」なんて見せてくれたりして、私も「わぁ〜、本当だ」なんて言いながら、箸でぷすぷすとつついてみたり…。そんな食材の驚きの体験もあったりして、母と過ごした台所での時間は本当に楽しい時間でした。テキパキと調理していく母の手際も、日常の中で自然と学んだように思います。

道具でヒトテマ。料理が決まるコツ

—お店ではどんなお料理を出されているのですか?

谷尻:10〜12名ほどでいっぱいになる小さなお店なのですが、おまかせコースのみで、スムージーからデザートまで8品をお出ししています。料理のテーマは“家族に作る献立”です。基本は日本食を軸に、肉、魚、野菜、穀物、果物、海藻を盛り込んでいます。私も長く働いていた経験から、特に忙しく働いていらっしゃる方々のために季節や時期に合わせた献立を考えています。例えば期末の忙しい時期であれば、体の疲れが取れるように生姜を使って体の芯から温まるような食事など、まさに家族の健康を気遣うように工夫しています。女性オーナーの店は、ヘルシー志向だとどうしても薄味過ぎたり、量が少なすぎたりするイメージが高いですが、私のお店は男性にも満足いただける内容だと思っています。店の名前は昔から好きな言葉だった“ひと手間”から名づけました。でも、例えばフランス料理のようにいろんなプロセスの手間をたくさんかけましょうということではなく、ごく身近で揃えられる材料を使ってできる料理にほんのひと手間の手をかけて、素材の良さが引き立つ料理を提供することがコンセプトです。だから、誰かの手料理を食べたいなと思った時に来ていただければ嬉しいですね。

ちなみにご主人は、人気建築家の谷尻誠さん。お店の内装も旦那様と決めていき、グレーカラーのコンクリートと古家具を組み合わせた無機質な店内で、ひと手間のぬくもりを感じる料理を楽しめます。

—谷尻さんの料理の秘訣はどんなところなのでしょうか?

谷尻:料理をおいしくいただくために、使う調理器具や盛り付けるお皿などもとても大切です。良い道具は食材の甘みや旨みをぐっと引き出せるといつも感じています。私がよく使っているのは、ストウブやティファール、ステンレス製7層鍋などの旨みを引き出す層の厚い調理鍋と、調理後そのままテーブルに並べられる機能美の高い柳宗理のボウルやストレーナー、ヨーガンレールの中華鍋などです。店で使う食器は、白や青のもので揃えていて、料理の彩りが映えて質感のあるものを選んでいます。例えば、フランスのアスティエ・ド・ヴィラットの食器のシリーズはシンプルで軽く、質感があってとても気に入っています。お皿がシンプルすぎると、おいしく見せるために料理にプラスの工夫が必要になりますが、ちょっと奮発しても質感のある食器を用意しておけば、シンプルな料理がそのままでぐっと引き立ちます。また、野田琺瑯の保存容器は保管用にはもちろん、そのままテーブルに出してもオシャレで、そんな風になるべく汎用性のあるものを選ぶことで、手間や洗いものなどを省くことができます。でも何よりもいい道具や食器を使うことで、料理をする自分自身がウキウキするのがいいですよね。私は2歳半の息子にもそんなお皿などを普通に使わせています。時々割ったりはしちゃうんですが、欠けたところは金継ぎで直して、大事に使い続けています。

シンプルで、そつなく、美しく

—お母さまはどんな調理道具を使っていましたか?

谷尻:うちの母は、ごく普通の日用品を使っていました。味噌汁はいつも雪平鍋でしたし、ご飯は普通の炊飯器で炊いていました。そういえば、ステンレスの7層鍋はよく愛用していましたね。ストウブやル・クルーゼのような機能のある鍋なので、それで手際よく料理を作ってくれたのかもしれません。

—お母さんに使って欲しいキッチンツールはありますか?

谷尻:最近はすっかり料理をしなくなった母ですが、昔は、普段の料理はもちろん、誕生日にはババロアの型でケーキを焼いてくれたり、本当にいろんなものを手作りしてくれました。なので、今は少しでも簡単においしいものを作って楽しんでもらえるように、ダッチオーブンをプレゼントしたいですね。私も時々鶏肉を焼いて実家に持参したりするので、これがあれば、パリッとジューシーに仕上げることもできるし、父の晩酌ビールのおいしいおつまみをこのオーブンで作ってくれたら嬉しいですね。

お母さんから受け継いだ味、筑前煮は、谷尻さんが選んだ中華鍋に盛り付けることで、テーブルを華やかに彩っています。これならお母さんの味が週末のパーティにもぴったりに。そして、ちょっと遅れてきた友人にはそのままさっと温めなおすことができるという、実は機能的にも優れもののテクニックなのです。

まさに、シンプルで、そつなく、美しく。

谷尻さんのキッチンツールテクニック、ぜひ、お家でも試してみませんか。

プロフィール

料理家・谷尻直子
CMや役者等のファッションのスタイリストを経て、「AlexanderLeeChang」の立ち上げに関わる。衣食住の関係性を考え、食の仕事を軸に活動を開始し、現在は、渋谷富ヶ谷にある「ヒトテマ」という予約制レストランを主宰し、食に関連するプロジェクトを行う。発酵食スペシャリスト、フルーツ&ベジタブルジュニアマイスター、アロマ検定一級など。ヨガ歴は14年。