ワインづくりは農業。ブドウが芽吹く時期

2017.05.25

シャトー・メルシャン(以下、メルシャン)は、「はじめにブドウありき」を掲げ、適した品種を適した場所で栽培するために、2003年に自社管理畑椀子(マリコ)ヴィンヤードでブドウ栽培を始めています。今回は、その畑で実際のブドウ栽培を担当するメルシャンの吉田弥三郎さんに栽培についての話を聞きに、長野県上田市にある畑を訪れました。

小高い丘に満開の桜

訪れたのはGWを間近に控えた天気に恵まれた日。見渡す風景は、真っ青な空となだらかな新緑の丘陵が広がっています。遥かに浅間山や蓼科山などを360度見渡せるその雄大なキャンバスの真ん中で、満開の桜が私たちを出迎えてくれました。
椀子ヴィンヤードの名前は、6世紀後半に欽明天皇の皇子「椀子(まりこ)皇子」の領地であったことから名付けています。長野県上田市は年間降水量が平均900mmと少なく、ワイン用ブドウを育てるのに適した場所として、県内に土地を探していたメルシャンが、2003年に椀子ヴィンヤードを開園しました。
栽培品種は、白ブドウがシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、黒ブドウはメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、シラーなど。現在およそ 6万本を栽培しています。 この畑の管理のために、メルシャンは農業生産法人(有)ラ・ヴィーニュを立ち上げ、地元雇用として吉田さん他を採用し、現在は常時7名体制でブドウ畑を管理しています。

—椀子ヴィンヤードの畑はどんな特徴があるのでしょうか?

吉田さん(以下、敬称略):この畑は南東に面しているので日当たりに恵まれています。土壌は強粘土質で、周辺の年間降水量は少ないものの雨が降るとぬかるみやすく、雨が続けばそのぬかるみがしばらく残ったりすることもよくあります。また、午後になると風が吹くことが多いので、ブドウにとってはやや過酷な環境とも言えるかもしれません。でも、だからこそ小粒なブドウが育ちやすいというメリットもあり、ワイン用ブドウの栽培に適した場所です。

畑の1年

—ブドウを育てる作業はどんな流れになりますか?

吉田:1年は「冬季剪定」ら始まります。例年12月から前年に伸びた枝のうち、必要なものだけを残して形を整えます。この作業は春先4月ぐらいまでに終え、4月からは「誘引」「芽掻き」「草刈り」を始めます。「誘引」は、剪定が終わった枝が伸びていくのに、枝同士がこみ合わずよく日が当たるように考えながらワイヤーに枝を結びつけ、「芽掻き」は枝から出てきた芽を適正な数に摘み取って、ブドウの房が多くなりすぎないように調整します。6月から7月には「夏季剪定」で先端や余分な枝を除去し、「摘心」「摘房」「除葉」(※1)をしながら、日当たりを考え、養分を果実の成長や成熟に向けるよう調整していきます。8月を過ぎると雑草の勢いも治まってくるので、草刈りの作業からは徐々に解放されてきますが、9月中旬から10月はいよいよブドウの収穫を迎えます。ボランティアの方々の手を借りながらタイミングを見計らいつつどんどん収穫し、ワイナリーにブドウを運びます。1年の中でようやく一息つけるのは11月になってからです。

※1
摘心…新梢の枝先を摘みとること(枝の伸びを止めることで、そこに使われていた養分がブドウの房に行くようになる)
摘房…ブドウの房の間引きのこと(適正な房数にすることで凝縮した果実になる)
除葉…果房まわりの環境を良くするために葉を取り除くこと(通気性を良くする、適切な受光により果実の成熟を促し色付きを良くする)

見極めて、判断する

このヴィンヤードが開園してから今年で14年。その歳月をかけてもなお、畑では毎年新しい挑戦や試行錯誤が続いています。

—秋の収穫にむけてどの作業も手を抜けないと思いますが、何が一番重要なのでしょうか?

吉田:どれが重要ということはないですね。全てが大切な作業です。マニュアル通りにやればブドウはだれにでも簡単に育てられます。でも、そのマニュアル通りにやるということが難しいのです。このあたりは年間の降水量は全国一少ないですが、その雨がいつ降るかで状況は全く変わってきます。私が特に昨年学んだのは「雨は降るものだ」ということ。ある年は収穫直前まで「今年はグレートヴィンテージになるぞ!」と誰もが思っていましたが、その直後にこれまでにないような台風などの雨が続き、結果として厳しい年となったこともありました。昨年は予定していた収穫作業の日は全て雨で、あまりの雨に今日の作業は無理ではと思う日もありましたが、ありがたいことにボランティアの方々が早朝から集まってくださり、その助けでなんとか収穫を終えることができました。でも、僕たちは連日雨の中で作業をしたので雨具を乾かす暇がなく、雨具にはすっかりカビが生えてしまったほどでしたね。

—収穫前の雨はどんな影響を及ぼすのでしょうか?

吉田:成熟したブドウは雨に当たると、あっという間に晩腐病や灰カビが広がってしまいます。ブドウの病気を予防するためには、いかにバラ房(※2)を作れるかが課題になりますが、それは開花の時期の天候で実のつき方が決まります。密着果房の防除の方法も、先端を切ってみたりホウキで叩いてみたりと毎年いろんな方法でやってみていますが、その時によって効果の現れ方が違うので、何がベストなのかは未だにわかっていません。

※2 ブドウの粒同士が密着しないでバラけていること

—この広さに果てしない数の樹が植えられていて、そんな細かい作業を全てに対応していくのは気が遠くなりますね。

吉田:今年は2名の新入社員が入社しましたが、これまで普段の作業は、基本は社員5名の他、市から派遣されたシルバー人材の方たち10名ほどにお手伝いいただいています。でも長期で働いていただくことができないため熟練者として育つことはなかなか難しく、少なくとも大事な冬季剪定は全ての樹を社員だけで行うようにしています。年間のほとんどの期間は、こなさなければならない作業に追われ時間がハイスピードで流れていきます。なので、この剪定の時が1年の作業の中で唯一、それぞれの樹とゆっくり向き合える時間です。“この高さにすると来年はここから枝が出てきて、そうなると再来年はここを使おう"と、1本1本に対して考え、3年先に思いを馳せて、大事に剪定していきます。

—想像力が必要ですね。

吉田:剪定はセンスが必要な作業なのです。樹と向き合う時間は、冷たい風に鼻を垂らしながらも私にとってはある意味至福の時間です。樹が若い時期は、この剪定で樹の育つ角度や方向なども決まるため、それ以降の毎年の作業のしやすさなどにも大きく影響します。また、切り方も太い断面が出ると幹の中が茶色に腐り、樹の成長を妨げてしまうことを最近知り、そんな問題点を毎年少しずつ改良しているのが現状です。

—今年の課題や目標はどんなことですか?

吉田:昨年は予定よりも多い収穫になってしまったため、今年はそれぞれの樹に対しての房の数を決めて、一本あたりの収量を定めることが最重要課題です。もちろん基本は、全てをよく見て全てを感じて“見極めて、判断する"。これを実践していきます。

畑の敵は雨や風、病気だけではありません。鳥を撃退したり、畑に侵入する鹿を追い払うために狩猟免許を取得したり…。ありとあらゆる手間暇をかけた畑の一年を凝縮し、それを熟成させてようやくワインは誕生します。

原点の畑を知れば知るほど造り手の想いを感じ入り、ワインの味わいは深まります。椀子ヴィンヤードでは一般見学は受け付けていませんが、収穫ボランティアや石拾いのボランティアなどを、メルシャンのいくつかの畑で募集することがあります。例年応募枠はあっという間に埋まってしまいますが、ワインが好きな方なら一度は畑を訪れ、お手伝いを体験してみるのはいかがでしょうか?

ワインづくりは農業である。きっと、実感するはずです。