ワインづくりと日本庭園に宿る「未完」の哲学―植彌加藤造園 加藤友規×シャトー・メルシャン 安蔵光弘【後編】
2018.12.13
「フィネス&エレガンスのあるワイン造りとは?」の問いに、「あなた方は日本人なのだから、日本庭園のようなワインを目指しなさい」。醸造アドバイザーだったポール・ポンタリエ氏が遺したこの言葉をたよりに、理想のワインを追いかけているシャトー・メルシャン。その答えを見つけるため、京都南禅寺御用庭師を170年務める植彌加藤造園の代表取締役社長加藤 友規さんに、チーフ・ワインメーカー安蔵 光弘が会いに行き、日本庭園の伝統、技術、哲学を伺いました。ともに自然と向き合い、“日本”を表現してきたふたりによる対談、後編です。
前編はこちらから
加藤 友規
植彌加藤造園株式会社代表取締役社長。創業嘉永元年(1848年)、初代加藤吉兵衛が大本山南禅寺の御用庭師を務めて以来、洛東鹿ケ谷の地にて代々造園業を営む。常に理想的な庭の状態を探求して「庭を育成」していくことを目指し、伝統技術を活かし、時代に沿った造園空間を創造する。
安蔵(あんぞう) 光弘
シャトー・メルシャン チーフ・ワインメーカー。1995年東京大学大学院応用生命工学専攻(応用微生物学) 修士課程修了後、メルシャン入社。シャトー・メルシャン配属。2001年ボルドーのシャトー・レイソン出向。同年ボルドー第2大学醸造学部にてテイスティング適正資格(DUAD)取得。レ・シタデル・デュ・ヴァン国際ワインコンクールの審査員を3回務めるなど、海外でも経験を積み、2015年現職に就任。
「管理」するのではなく「育成」する
前編では、ワインづくりはブドウの要素が大きいとする考え方「ブドウ9割、人の手が1割、しかし人の手の1割の部分で手を抜くと全体が台無しになってしまう」と話した安蔵。この話を受けて、庭園づくりにも似たような考え方があると加藤さんは言います。
加藤友規(以下加藤):「作庭が四分、維持管理が六分」という考え方があります。庭をつくり、長い歳月をかけて育んでいく中でようやく庭の景観は形成される、という意味です。
一人の庭師が携われるのはせいぜい数十年。庭の年月にしてみればこれはごく一瞬のことです。それを代々引き継ぎながら庭を守っています。維持管理というとしばしば「メンテナンス」と訳されますが、私としては「フォスタリング(育成)」に近いと思っています。
庭の景色が独り立ちするまで、手塩にかけて、子供のように育てるのが本来の庭師の仕事であり、京都ではこれが平安時代からずっと続いているのです。
安蔵:とても共感できます。ワイン醸造では、オーク樽でワインを貯蔵しますが、これをフランスで“エルヴァージュ”と呼びます。フランス語で「子供を育てる」という意味です。このことからシャトー・メルシャンでは「樽熟成」ではなく、「樽育成」と表現するようにしています。
ワインを仕込んでいく時、発酵自体は10日から2週間くらいで終わりますが、そこからワインを熟成させる期間が長いんですね。赤ワインの場合は、樽に入れる期間が1年〜1年半くらい。樽は木材ですから木目を通してちょっとずつワインが蒸発して減っていくわけです。この時、樽の中に隙間が空いていると、酸化しておいしいワインができません。
この隙間を埋めるために、定期的にワインを補填します。あわせて、蒸発しすぎないように樽庫の湿度管理をしたり、ゆっくり育てるために樽庫の温度調整もしています。樽に入れれば、放っておいてもワインが勝手に熟成するかといえばそうではないのです。ですからワインづくりも庭造りと同じように「育成」なんです。
変化を受け入れるのは人間の想像力
加藤:庭造りもワイン造りも長い時間をかけて育てていくものなのですね。日本庭園は、1200年の歴史の中でじつに多様に変化してきています。
平安時代の庭というのは、自然に倣う、自然を映すことを良しとしてきました。それが中世になると、庭石を直線的に配するといったような、夢窓疎石や小堀遠州らのデザインが主流になります。そして、この無鄰菴のような近代の庭においては、故郷の原風景を表現したような自然主義が好まれるようになりました。
安蔵:庭のトレンドは時代ごとに変わっていくものなのですね。すると、その度に作庭をし直したり、デザインを変えたりしているのでしょうか?
加藤:そうではありません。時間をかけて育まれていく庭のおもしろさとは、過去を踏まえた上で現在を捉えなおすことにあります。
例えば、元々は枯山水だった部分が徐々に苔生していくように、そうした変化を受け入れることが庭を「育てる」ということなんですね。大事なことは、今目の前の庭を見つめることではなく、庭ができてから今までの一生がどんなものであったかを、想像力を働かせて向き合うことなんだと思います。
「未完」の中に宿る「つくり手」のフィロソフィ
安蔵:過去に想いを馳せながら、今を捉えなおすことで調和を見出すというアプローチはとても面白いですね。ワインにおいてもそれに似たような言葉があります。
“グランヴァン”というフランス語なのですが、直訳すれば「偉大な」ワインということになります。何をもって偉大なワインと呼ぶのか、それは我々の先輩たちがワイン畑を拓いた時から紡いできた歴史の重みなのだと私は理解しています。
さらに言えばグランヴァンとは、いつになっても完成形は存在せず、変わりつづけることで品質を保つという、どこか「未完」な部分があるということなのだと思っています。ただ維持するだけでは、いつの間にか時代遅れになってしまうかもしれませんし。
加藤:庭も永遠に完成のないものです。時代とともに変化する環境の中で「今」を見出していくこと、時間をかけて育んでいくことに庭の素晴らしさがあります。設計図があるわけではないので、先達たちの教えを伝承していくほかない。マニュアルは作れないんですよね。
安蔵:わかります。ワインのスタイルをつくることにもマニュアルはありません。私たちにできることは、考えかたを残すこと、ワイン造りのフィロソフィを残すことなんだと思います。文字にするだけでは伝わらなくて、一緒にワインをつくるうちに伝わっていくものなんでしょうね。
安蔵:今日の話の中で何度も出てくる調和やバランスといったようなものは、一朝一夕ではできないものですね。調和は結果でしかありません。ワインづくりも庭園づくりも通じることだと感じました。
加藤:安蔵さんのお話を伺っていて、調和のとれた上品さを生み出すものの原点には「愛情」があることを感じました。それは、ワインづくりと庭づくりの双方にマニュアルが存在しない、というところにも通じるような気がします。
私たち庭師が持っているのは、景色を味わっていただきたいという熱量とでも言いましょうか。過去から今を見出し、庭の個性を引出し、それを未来に向けてどう育てていくかを考え続けることで、調和が生まれるように思います。
安蔵:とても面白いお話をたくさん聞けました。ワインづくりと作庭には、考え方に多くの共通点があることがわかりました。これからのワインづくりに活かしていこうと思います。今日はありがとうございました。
加藤:ありがとうございました。
取材協力
無鄰菴(京都市左京区)
国指定名勝の無鄰菴は、明治27年(1894)〜29(1896)年に造営された明治・大正時代の政治家山縣有朋の別荘。庭園は施主有朋の指示に基づいて、七代目小川治兵衛により作庭された近代日本庭園の傑作。南禅寺界隈別荘群の中で唯一通年公開されている庭園で、昭和26年(1951年)に国の名勝に指定される。現在では、庭園コンシェルジュによるガイド(要予約)や、ゆっくりと庭園を味わえるカフェも通年楽しめる。また、様々な日本文化を味わえる講座やイベントも開催中。