“ブレンダー”というしごと

2018.02.01

数年から数十年という熟成を経て世の中に送り出されるウイスキー。樽内での熟成の状態を見守り、たくさんの原酒の中から厳選してブレンドする、ブレンダーのしごとがとても重要となります。今回は、キリンの富士御殿場蒸溜所でマスターブレンダーを務める田中城太さんのお話を聞きながら、そんなウイスキーならではのブレンダーというしごとに迫ります。

味を守りながら、新しい味を創造する

ブレンダーのしごとで大切だと言われている、“味を守る”というしごと。ワインやビールのようにヴィンテージや原料・製法の違いによって生まれる味の“違い”を特長としている醸造酒と違い、ウイスキーは原料や製法、熟成年数の異なる原酒を数十種類ブレンドすることで、それぞれの商品の“味を守り続けている”のです。

ウイスキー原酒は製法や熟成期間によって、味や香りが大きく異なってきます。熟成庫にはどのような香味タイプの原酒がどの程度あるのか。数年後にはどう変化しているのか。原酒の熟成状態を吟味しながら、使用する原酒を選び出し、ブレンド比率を決めてゆきます。こうしてブレンダーは長年にわたりウイスキーの味を守り続けています。

その一方で、「よりおいしく、新しい価値をもったウイスキーを創ることも、ブレンダーにとっては重要なしごとです。原料や製法の工夫によって、新しい味わいのウイスキー原酒を創り、違うタイプの原酒をブレンドすることで、これまでとは違う味わいのおいしいウイスキーを創るのです。」と田中さん。

決められた商品の味わいを守り続けると同時に、いままでにない新しい味わいを創ることで、お客さまの嗜好の変化の先取りや、新たなニーズを掘り起こそうとしているのです。新しい味わいをもった多彩な原酒を創り、ブレンドという芸術的な技によって魅力的な商品を提供し続ける。素敵なことですよね。

ブレンダーは人と人、情報、世代もつなぐ

日ごろから熟成庫に眠る原酒の熟成状態(味や香り、色など)をチェックし、選び抜いた原酒を用いてブレンドし、商品の味や香りを決めてゆく。変わらぬ味を守り続ける“味の番人”でありながら、新たなウイスキーを生み出す“創造主”。それが“ブレンダー”というしごとであると紹介してきました。
けれども、「ブレンダーのしごとは、さまざまなタイプの原酒をまとめるだけではありません。ウイスキーづくりに携わるさまざまな人や情報を繋ぎながら相乗効果を生み、ひとつにまとめるのもブレンダーの大切なしごとなのです」と言う田中さん。

長い時を越えてつくられるウイスキーは、ときに世代を越えたチームプレーが必要になります。必ずしも、ひとりのブレンダーのしごとがその人の現役中に形になることばかりではありません。
だからこそ、今仕込んだ原酒を将来的に使う後進のブレンダーや、ブレンダー以外にも製造工程のさまざまなステップに関わる人々の想い、これまでの経験や技術が集約された情報など、原酒どうしだけではなく人と人、情報と情報などをブレンドしていくのもまた、ブレンダーのしごとのひとつ。その全てが商品をかたちづくっているのです。

富士御殿場蒸溜所が大切にしているブレンダーのしごと

DRINXでも扱っている「富士山麓 シグニチャーブレンド」など、さまざまなウイスキーをつくっている富士御殿場蒸溜所。

ウイスキーには、他のお酒にはない大きな特長があります。それは、仕込みから樽内での熟成期間を経て商品になるまでの時間がとても長いということと、一度瓶に詰めたら大きな保管環境の変化がない限りは味が変わらないということです。ウイスキーはワインのように瓶内で熟成して品質が上下することはなく、瓶詰された時点の品質が長期間保たれるのです。

したがって、「いかに良いタイミングで樽から出して、味わいとして完成されたものとしてブレンド、瓶詰するかがとても重要になってくるのです。だからこそ、できるだけおいしくて、魅力的なブレンドに仕上げることが求められており、ブレンダーとして非常にやりがいのあるしごとなのです。また、理想とする味わいに仕上げるために大切なことは、それぞれのウイスキー原酒の熟成状態を見極め、ベストの状態で樽から出して、原酒の個性を最大限活かしながら、複雑でバランスの良い味わいにブレンドすることです。」と田中さん。
富士御殿場蒸溜所では、ブレンダーの重要なしごとのひとつとして、このような原酒の熟成状態を見極めるための観察を創業以来ずっと続けてきました。こうしたこだわりや経験の中から、原酒の個性が一番あらわれた状態を指す“マチュレーションピーク”をコンセプトにして、マチュレーションピークに達した原酒を厳選し、ブレンドした「富士山麓 シグニチャーブレンド」が生まれたのです。

何年、何十年という熟成期間の間、原酒の熟成を見守り、ここぞというタイミングを見極める、それもまたブレンダーの大切なしごと。ブレンダーというとその言葉が持つ意味合いから“ブレンドをする人”というイメージがあるかもしれませんが、それはしごとの中のほんの一部なのです。

ワインやビールなどの醸造酒にはないブレンダーというしごと、いかがでしたか?

“ブレンド”という言葉から発想されるブレンダーのイメージ以上に、そのしごとは奥が深く、時を越えたしごとであるということが伝わったでしょうか。

こうして手元に届くウイスキーにも、実は何年もの時間が詰まった未来を見据えたしごとと、ブレンダーをはじめとするウイスキーに関わる人すべての技術や想いが詰まっています。

そんな、たくさんの時間やつくった人たちの想い、ウイスキーが伝えてくれる文化を感じながらグラスを傾けてみてはいかがでしょうか。

プロフィール

田中 城太 Jota Tanaka

キリンウイスキーのマスターブレンダー。
1988年にキリンビール株式会社に入社後、渡米しワイン製造業務に携わり、帰国後ウイスキーの業務に徐々にシフトし、2000年にブレンダーに就任。
2002年に再度渡米し、バーボン(フォアローゼズ)の商品開発全般に携わる。帰国した2009年からは、キリンビール商品開発研究所でブレンダー業務に従事し、2010年にチーフブレンダーに、2017年にマスターブレンダーに就任。