健やかで豊かな人生を味わう 生産者に聞くビオディナミワインの話
2017.08.24
日本の野山でよく見かけるコブシは別名田植桜とも呼ばれ、この花が咲くと畑や田んぼの種まきを知らせてくれると言われています。テロワール(※)を大切にするワインの世界でも、そんな自然のリズムをワイン造りに生かす方法があります。中でもビオディナミは月の動きなどの自然界のリズムに沿ってブドウを育て、ワインを造ること。今回は、フランス最大のビオディナミの畑を持つ「ドメーヌ・カズ」のジェネラルマネージャー、リオネル・ラヴァイユ氏に、ビオディナミ農法についてお話を伺いました。※ ブドウ畑の気候や土壌・地勢など
“オーガニック”と“ビオディナミ”の違い
身近でよく見かける有機野菜やビオワインなど…。“有機“と同義で耳にすることも多くなった“オーガニック”と、“ビオディナミ”とは一体どう違うのでしょうか?
ひと言で言えば、“オーガニック”は「取り除く」こと、そして“ビオディナミ”は「与える」ことなのですとリオネル氏。
“オーガニック”は一般的に農薬や化学肥料を全く使わず(=取り除く)、肥料を施す場合も認定された有機肥料のみを使用して生産された農産物やその加工品のことを言います。
一方、“ビオディナミ”は、オーガニックの手法に加え、薬草を煎じたものや動物の堆肥など天然由来の調合剤で必要な栄養を補い、よく耕し、木に活力や免疫力をつける(=与える)方法です。全ての作業は、大地の持つ力が最大限に生かされるよう天体の動きに合わせて行われます。
ドメーヌ・カズがビオディナミをはじめた訳
ビオディナミは月の動きなど自然界のリズムにあわせ、畑をよく耕し天然由来の調合剤を施して実りを収穫します。
この農法を実践している生産者は世界でもまだまだ少なく、どこか神秘的なビオディナミ。120年以上続いているドメーヌ・カズが、なぜ20年前からビオディナミ農法に切り替えたのでしょうか。
リオネル氏(以下、敬称略):
「南フランスのランドック・ルーシヨン地方は、地中海性気候でブドウの成熟期に雨が少なく栽培に適し、フランス最大のワイン産地です。私たちドメーヌ・カズはここで1895年に8haの畑からスタートして、その後畑を広げながら常にブドウ栽培・ワイン造りのパイオニアとして活動してきました。1960年代には当時まだ珍しかった機械収穫を始め、1970〜80年代には大量生産の時代に対応するため、農薬を使ったブドウ栽培を行いました。が、その後畑を調査したところ、土壌のコンディションが最悪の状態に陥っていることがわかったのです。“このままではこの土地を次の世代に引き継いで行くことができない”と考えた当時の4代目当主が、専門家から様々なアドバイスを受けた結果、1997年からビオディナミ農法に切り替えることを決意したのです。これは当時でもいち早い取り組みでした。私自身もブドウ畑を営む家に生まれ育ちました。なので、健全な畑を子孫へとつないでいくことの重要性は大変理解していて、素晴らしい選択だったと思っています。」
試行錯誤を重ね、フランス最大のビオディナミへ
日本では有機栽培の畑と認定されるには、最低2年以上農薬や化学肥料が使われていないということが必要になります。それは多くの場合その間収入を失うことにもなります。オーガニックやビオディナミが広まらない理由の一つでもあり、勇気のいる決断だと思います。
リオネル:
「もちろん、ドメーヌ・カズの場合も簡単ではありませんでした。一番大変だったのは資金繰りですね。畑をビオディナミ農法に切り替えるということは、例えば発生する害虫や病害に細かく対応していかなくてはなりません。そのためにたくさんの人を雇うことになりました。また、切り替えて3〜4年は環境の変化により収穫量も減少し、ブドウの品質も一時劣化してしまいました。」
リオネル:
「また、ルーシヨン地方は風が強いので、周辺で農薬を使用していると薬剤が畑に流れ込んで悪影響を受けてしまうため、畑を点在させず1区画で土地を購入する必要もありました。それは大変でしたがコストを惜しまず少しずつ畑を買い足し続けたことで、現在、畑はほぼ1区画となっています。そしてその周りの約9割は林や海などの自然が占め、周辺の影響を受けない環境となり、現在フランス最大のビオディナミを実践しています。」
ビオディナミをはじめて20年。未来へ向けて
ドメーヌ・カズの畑には樹齢80年の現役の古木があるということで、リオネル氏が携帯で撮影したその写真を見せてくれました。
リオネル:
「オーガニックへの関心が高いフランスでは、国内のワイン消費量の10%がオーガニックワインなのです。そしてますます需要は高まりつつあり、ここ10年でオーガニック農法を実践する造り手も増えてきました。私たちは20年のビオディナミの経験とノウハウを興味のある方たちにどんどん伝えています。ただ、皆さんにまず伝えなければならないのは、どうしてもお金がかかってしまうということ。そこで、一つの打開策として、私たちは、不安のある人とパートナーシップを結び、栽培したブドウの買い取りを行っています。そんな風に助け合える環境も整えつつ、これからも、品質の良さはもちろん価格的にも手に取りやすいビオディナミのワイン造りを続けていくつもりです。」
ビオディナミは人生そのものです、と力強く話してくれたリオネル氏。
「ビオディナミは、土壌環境を良くしてブドウの品質を向上させワインの味わいが良くなるだけでなく、働く私たちの人生も豊かにしてくれています。ワインを飲んでくださるみなさまにとっても私たちにとっても健やかな、実に素晴らしいことなのです」とも話してくれました。
健やかで豊かな人生…それはまさに、ドメーヌ・カズの畑にある樹齢80年の木そのものかもしれません。
気負わずともそんな暮らしをこれからじっくりと愉しむのなら、まずは、ワインを選ぶことから始めてみるのも良いかもしれません。
プロフィール
ドメーヌ・カズ ジェネラル マネージャー
リオネル・ラヴァイユ
取材協力
イギリス人のローズ・カッラリーニと、フランス人で夫のジャン=シャルル・カッラリーニが、2002年にパリのマルティル通りで始めた「ローズベーカリー」。
新鮮な野菜や穀物など、素材の持ち味を引きだすシンプルでナチュラルな料理と、オリジナルのイギリス菓子を提供するローズベーカリーは、あらゆるレストランがひしめくパリでも、当時“ありそうでなかった”お店でした。シンプルかつ自分の生き方を大切にする「ブルジョア・ボヘミアン(ボボ)」に絶大な人気を博し、瞬く間に人気店となりました。