ウイスキーの香りをきき、言葉を愉しむ[Blend Your Curiosity vol.7]

2019.06.06

「Blend Your Curiosity」は、マスターブレンダーである田中城太が、ブレンダーの仕事を通して発見したウイスキーの新しい愉しみ方をお届けする全11回の連載企画です。第7回目となる今回のテーマはウイスキーの「香り」について。今回からウイスキーの愉しみ方について掘り下げていきます。

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ウイスキーは「香り」のお酒

皆さんは「ウイスキーの香り」と聞くと、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか? おそらく、芳醇で複雑、あるいはスモーキーなものといったような言葉が出てくるのではないでしょうか?

実際は、フルーツや花、スパイス、ナッツ類など、ウイスキーの香りはとてもバラエティーに富んでいます。原料やつくり方の違いによって特長的な香り成分がたくさん生まれ、ウイスキーの中に溶け込んでいるのです。

アルコールは様々な成分をよく溶かす性質をもっています。アルコール度数が高いウイスキーはその特徴が故に、より多くの香味成分が溶け込んでいます。それが他のお酒とはまた違った愉しみ方ができることの理由であり、魅力のひとつです。

たとえばワインの場合は、グラスを手で回しながらワインを空気に触れさせることで酸化させ、香りと味の変化を愉しみますが、ウイスキーはグラスに注いだだけでは、香味は変化しません。ウイスキーは、水を加えることによってはじめて香りや味わいが変化するお酒なのです。

今回は、ウイスキーの中に溶け込んでいる様々な香りを愉しむ方法を紹介したいと思います。

スプーン1杯の水で香りが花開く

ウイスキーはアルコール度数が高い分、香味成分が液中に溶け込んでいることはお伝えしましたが、香りはその成分が空気中に揮発してはじめて、人は嗅ぐことができ、香りとして感じ取ることができるのです。

ウイスキーに少しずつ水を加えてゆくと、アルコール度数の低下とともに、それまで溶け込んでいた香味成分がそれ以上溶けきれなくなって空気中に揮発し、香りとして嗅ぐことができます。

なお、ここでご説明する香りには2種類あることも付け加えておきます。私たちがトップノートと呼ぶ鼻先で嗅いで感じる香り(鼻先香・Orthonasal)と、飲み込んだ後の喉の奥から鼻に抜けて感じる口中香(戻り香・retronasal)です。後者は、一般的には風味とも呼ばれています。

私は、ふだんウイスキーを愉しむとき、小ぶりのチューリップ型グラスに1ショット(30mL)を注ぎ、先ずはストレートで香味を味わった後に、ティースプーン1杯、2杯と水を加えてゆきながら香りと味の変化を味わいます。

丁寧につくり込まれたウイスキーには、とても複雑多様な香りが溶け込んでいるので、水をスプーン1杯、2杯、3杯と加えてゆくと、少しずつ違ったニュアンスの香りが次々と立ち上ってくるのです。この香りが入れ替わり立ち代わり香り立つさまを、ウイスキーの「香りが花開く」と表現しています。

ウイスキーをストレートで嗅いだ場合、ほとんど香りを感じ取ることができず、最初はアルコールの刺激に圧倒されるだけかもしれません。しかしアルコール度数が変化することによって、いろいろな特長が入れ替わり顕れ、実に魅力的で様々な香味を愉しめるのです。

ここで富士山麓シグニチャーブレンドで少しずつ水を加えて香りの変化を愉しんだ一例をご紹介しましょう。

加水による香りの変化

ストレート (50%): 熟した洋ナシやカリンと優しく甘い香りを感じる
スプーン1杯 (43%): 芳ばしい焼き菓子やオレンジピールの華やかな香りが立ち上る
スプーン2杯 (37.5%): 赤いベリーの香りやマロングラッセを想わせる香りが立ち上る
スプーン3杯 (33.3%): ココア、キャラメル、黒糖など深みのある香りとともにクローブを想わせる香りが顕れる
スプーン4杯 (30%): バナナ、パイナップルなど熟した黄色いフルーツの香りがハチミツを想わせる香りとともに仄かに感じられる
スプーン5杯 (27.2%): パイナップルやマンゴーなどのトロピカルフルーツの香りが複雑で芳ばしい甘い香りの中に顕れる
※ ( )内はアルコール度数

ちなみに、ウイスキーの品質を評価判定するためのテイスティングでは、アルコール度20%まで加水して評価するのが一般的です。アルコール度数を下げることによって、香り成分の揮発量が増加すると共に、アルコールからくる刺激を和らげ、香り成分を感じ取りやすくなります。

20%というのは、濃すぎず、薄すぎず、ちょうど良いアルコール度数であり、アルコール度数40%製品で言えば1:1の水割り(トワイス・アップ)に相当します。この度数辺りが最も香味が嗅ぎ分けやすく、ウイスキーの香味を愉しむためには適した飲み方と言えます。

また氷を入れずに水だけで割るのは、氷を入れると極端に温度が下がりすぎてしまい、香りの揮発度合が下がると共に、嗅覚が低下し香りが感じづらくなるからです。

上記の香りの変化は一例に過ぎません。厳密に言えば同じウイスキーでも割る水の品質や、部屋の温度や湿度の違いでも感じられる香りは随分と変わっていきます。とは言え、加水で変化する香りを愉しめるのはウイスキーならでは。ぜひ試してみてください。
水を少しずつ加えながら香味の変化を愉しむ過程で、好みの味わい方を発見できるかもしれません。

香りを言葉で表現する楽しさ

これまで香りを愉しむ方法をご紹介してきましたが、香りを愉しむこととは別に、自分自身が感じた香りや味わいを表現するという愉しみもあります。

まずはゆっくりと香りを嗅ぎ、個々の香り成分を順に嗅ぎ分けてその特長を表現してみてください。感じたままの香りを自分の言葉に置き換えて、素直に表現してみることをお勧めします。

その際に先ほど説明したようなフルーツになぞらえることはひとつの方法ではありますが、なにも飲食物に限定する必要はありません。新緑の季節に公園の並木道を散策しているときに感じたにおいなど、過去に体験したものなどを思い起こしてみると、よりピッタリとくる表現が見つかることがあります。そうすることでウイスキーがより身近なものとなるかもしれません。

そして、好みの香りや味わいについて感じたことを人に伝えることができるようになると、「その香りが好きならこんなウイスキーも好きかもしれませんね」といった会話を通じて好みのウイスキーに出会える可能性も広がりそうですよね。

今回はウイスキーの香りを愉しむ方法をお伝えしました。ウイスキーを愉しむ際、香りに注目してみると、それまで気づかなかった特長を発見し、ウイスキーにより魅力を感じられるようになると思います。

ウイスキーは様々な飲み方で楽しめますが、水の加え方だけでいろいろな表情をみせてくれます。まずはウイスキーを水で花開かせて、ご自身のお好みの香味タイプのウイスキーを見つけてみてください。

次回は、ウイスキーの飲み方について。水割り、ロック、ソーダ割り…飲み方で変わる愉しみ方をお伝えします。私が最近発見した新しい飲み方もあわせてご紹介します。

お楽しみに。