ウイスキーは時の贈り物 [Blend Your Curiosity vol.2]

2018.12.20

「Blend Your Curiosity」は、マスターブレンダーである田中城太が、ブレンダーの仕事を通して発見したウイスキーの新しい愉しみ方をお届けする全11回の連載企画です。第2回目となる今回のテーマは「時間」。ウイスキーが「時の贈り物」と表現される理由について掘り下げていきます。

vol.1はこちらから

ウイスキーは「時の贈り物」

こんにちは、マスターブレンダ―の田中城太です。今回から、具体的にウイスキーをいろいろな側面からみなさまに紹介し、その魅惑的で奥深い世界を一緒に散策してゆきたいと思います。今回のテーマは「時間」です。

意外と知られていませんが、ウイスキーは一度瓶詰めされると基本的に味が変わらないお酒です。ワインのように、瓶の中で熟成して味が良くなったり、逆に悪くなったりもしません。いつ開封しても、つくり手がベストの品質に仕上げて瓶詰めした、そのままの状態を味わうことができるのがウイスキーなのです。

私にとってウイスキーのボトルは、タイムカプセルのようなものであり、「時の贈り物」。
そんな風に捉えると、ボトルの蓋を開ける瞬間が特別なものに感じられませんか?

ウイスキーのボトルには、壮大な時間が詰まっていると前回お伝えしましたが、ここでは、タイムカプセルに閉じ込められた「時間」についてお伝えしてゆこうと思います。

ウイスキーに含まれる「時間」は大きく分けて3つあります。ひとつは「つくり込みの時間」と言われる、ウイスキーづくりにおける「熟成」を主体とした、味わいをつくり込んでゆくのに必要な時間。ふたつめは、「歴史的な時間」と言われる、ウイスキーの原材料となる仕込み水、オーク樽、ピートなどができあがるまでに費やされた時間。そしてもうひとつは、蒸溜所が創業当初から今日まで蓄積してきた製法・ノウハウなど、ウイスキーづくりに関わる人たちによって「技術を磨き上げてきた時間」です。

ウイスキーの熟成を見守る「つくり込みの時間」

通常、樽貯蔵によるウイスキーの熟成には数年から数十年を要します。「つくり込みの時間」とはすなわち、ウイスキーの熟成を「見守り、育てる時間」と言い換えることもできます。

熟成期間中は、ただ樽の中で寝かせているわけではありません。我々ブレンダーが樽から原酒をサンプリングし、熟成状態を見守っています。常日頃から原酒を見つめ、「いかに最適の状態で樽から出すか」そのタイミングを見極めているのです。

「まだ未熟な状態だけれど、あと半年くらいかな」とか、「原酒本来のフルーティな特長がよくあらわれてきたのでそろそろかな…」などと思いを巡らせながら、樽と対話をしています。原酒の特長や個性は、詰めた樽のタイプや熟成環境の違いによって異なってきますから、見極めのタイミングはそれぞれをつぶさに見守る必要があります。

未熟さが抜けきった状態や、洋梨やピーチのようなフルーティな香りがあり、それぞれの原酒本来の特長が最もあらわれた状態など、熟成の度合いを見極めることは多分に経験によるところが大きいのです。この経験を蓄積し、取り出すタイミングの見極めができるブレンダーに成長するまでの時間も、ウイスキーにまつわる時間であり、後述する「技術を磨く時間」なのです。

これまで多くの先人達が、熟成に要する時間を人為的に短縮しようとさまざまなことを試みてきました。しかしながら、いまだにその有効な手法は見つかっていません。それだけウイスキーの熟成メカニズムは複雑で神秘的であり、長い時間をかけてじっくりと樽の中で熟成する原酒と向き合う「つくり込みの時間」はなくてはならないものなのです。

「歴史的な時間」と「技術を磨き上げてきた時間」

ウイスキーの原材料となる仕込み水、オーク樽、ピートなどができあがるまでに費やされた時間も、おいしいウイスキーをつくる上でとても重要な時間です。

高品質で豊富であることが求められる仕込み水ですが、富士御殿場蒸溜所では、富士山に降り積もった雨や雪が地下深く染みこみながら50年もの歳月をかけて磨かれた水を、地下100mの水脈から汲み上げて仕込み水として使用しています。母なる大地が豊富で安定した品質の水を提供してくれることから、仕込み水は「マザー・ウォーター」とも呼ばれています。

「熟成」という、ウイスキーづくりにとって欠くことのできないプロセスに必要なオーク樽は、通常樹齢80~100年の原木から加工・組み立てられます。それだけ長い時間をかけて育ったオークでないとウイスキーの熟成には適さないのです。

スコッチスタイルのモルトウイスキー特有のフレーバーを生み出すピートはもっと壮大な時間、数千年という「歴史」を背負っています。ウイスキー用のピートは、ミズゴケやヒースを主体とした植物が千〜二千年かけて泥炭化したもの。スコットランドでは昔から料理や暖房の熱源として活用されてきたもので、このピートを焚いてモルトを燻すことにより、スコッチモルト独特のスモーキーなフレーバーが生まれます。

もうひとつの大切な時間は、ヒトや蒸溜所として創業当初から今日まで蓄積してきた製法・ノウハウなどの「技術を磨き上げてきた時間」です。自然環境や原料素材を活かしながら、日本人の嗜好にあった繊細で複雑な味わい。その理想とする味わいづくりのために、ブレンダーを含め蒸溜所のつくり手たちが連綿と継承し、磨き上げてきた技術と築き上げてきた富士御殿場蒸溜所のウイスキースタイル。その努力の結晶を今に繋ぐ蒸溜所の歴史も、ウイスキーづくりに組み込まれた大切な時間なのです。

ボトルの蓋を開けて「時」に思いを馳せてみよう

数年から数十年を要する原酒の熟成だけでなく、100年、1000年という単位で自然に流れる時間の中でできてきた原材料と、蒸溜所のブレンダーやつくり手たちが創業以来、連綿と継承し磨き上げてきた製法・ノウハウと技術、それらの時間がつながってはじめて、おいしいウイスキーが生まれるのです。

多様で壮大な時間が詰まったウイスキーはまさに「時の贈り物」。そんな時間について思いを馳せながらグラスを傾けてみると、より魅力的に感じられますよね。

さて、次回のテーマは「ジャパニーズウイスキー」についてです。
先ほど触れた富士御殿場蒸溜所のウイスキースタイルについて、ジャパニーズウイスキーの歴史や風土を交えながら、私たちが目指すスタイルや特長、具体的なウイスキーのつくり込みなどをお伝えしてゆく予定です。

お楽しみに。